大事(おおごと)にならなかった今日に大事(だいし)なものがある
「大事な人」
「大事なもの」
こう言うと、自分にとって大切なものを思い浮かべます。
でも、
「大事にならなくてよかったね」
となると、
「大変なことにならなくてよかった」という意味になる。
同じ「大事」なのに、
「だいじ」と「おおごと」では、ずいぶん違いますよね。
携帯電話を例にすると、
毎日当たり前のように使っている携帯。
使うたびに、
「これは私の大事なもの」
なんて、いちいち思わないですよね。
ところが、
「あれ?携帯がない」
となった途端、
バッグの中を何度も探して、
ポケットを確認して、
さっきいた場所まで戻ったりする。
見つからなかったら、
自分の中ではちょっとした大事(おおごと)です。
でも、携帯は
なくなったから大事になったわけじゃない。
見当たらなくなったことで、ずっと大事だったことに氣づいただけなんですよね。
これって、携帯だけじゃないと思うんです。
いつもそばにいる人も、
普通に動いてくれている身体も、
何氣なく過ごしている毎日も。
そこにあるときには、
それほど「大事」と意識していない。
あることに慣れてしまうと、
それがどれくらい大事なのかって、
案外わからなくなるものなんですよね。
私たちは一日の終わりに、
「今日は特に何もなかった」
なんて思うことがあります。
でも「何もなかった」ということは、
「大事(おおごと)にならなかった一日」
でもあるんですよね。
携帯は今日も手元にある。
身体は今日もいつものように動いてくれた。
大切な人と普通に話せた。
いつもの場所に帰ってこられた。
だから私たちは、
それを「何もなかった一日」と呼んでいる。
でも、もしそのどれか一つでも
いつも通りではなくなったら、
昨日までの「何もなかった一日」が、
どれだけありがたいものだったのか、
きっと氣づくと思うんです。
考えてみれば、
大事なものほど、普段は「大事」と意識していないのかもしれません。
何も起きていないから、氣づかない。
いつも通りにあるから、氣づかない。
でも、その「いつも通り」が崩れたとき、
初めてその大きさがわかる。
だから、
大事(おおごと)にならなかった毎日の中に、
大事(だいじ)なものがある。
「今日は何もなかったな」
そんな風に思ってしまう一日も、
今までとは少し違って見える氣がします。
今日も読んでくださってありがとうございます💕
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