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SS【長靴】#シロクマ文芸部『水たまり』

小牧幸助さんの企画「水たまり」に参加させていただきます☆

お題 「水たまり」から始まる物語

【長靴】(999文字)


「水たまりってなんだと思う?」
と、唐突に聞かれたので少し考えて答えた。
「子どもには好かれるけど、大人にはきらわれるもの、です」
すると社長は、それまで引き締めていた眉根をゆるめた。
私は少し考えて続けた。
「きらわない大人もいますけど」
社長はニカッと笑って言った。
「ぼくもだなー」
そして笑顔のまま言葉を継いだ。
「長靴で水たまりに入るのって楽しいよね」
面接の日は雨だったから、私は長靴をはいたまま面接に臨んでいた。
パンプスに履き替えるとか思いつきもしなかったのだ。
びしょ濡れの長靴に視線をやりながら、社長は朗らかな声で言った。
「明日からよろしくね」


その会社は社長一人だけの小さな会社で、木製の手作り玩具を扱っていた。
社長は仙人みたいな風貌の七十代のおじいさん。
「ぼくは見ての通りの爺さんだから、きみが定年になるまで会社は存続しないかもしれないけど、それでもいい?」
そんなことも聞かれた。
あと三十年存続したら社長は百歳を超えている。
「先のことはわかりません、誰にも」
その時、私はそう答えたのだった。


……


そして三十年後、私は六十歳、社長は百三歳になった。
会社は小さな木の葉のように、世界の濁流にものまれず飄々と存続していたが、私の定年を機に社長は会社をたたむと言った。
最後の日は雨だった。
「おつかれさまでした」
そう言いあって、私たちは長靴をはいて外に出た。
杖をついている社長が転ばないよう、私は社長の肘にそっと手を添える。
「たのしかったなぁ」
社長がつぶやく。
「たのしかったですね」
私も答える。


「水たまりってなんだと思う?」
社長が、水たまりにチャプンと足を踏み入れながら私に問う。
私も同じように片足を水たまりに入れて答える。
「子どもには好かれるけど、大人にはきらわれるもの、です」
高齢者が二人、肩を並べて水たまりの中に立っている。
「きらわない大人もいるけどね」
足元に視線をやりながら、社長は昔と変わらない朗らかな声で言った。
「明日からもよろしくね」
「はい」


親子でも夫婦でもない。
もちろん恋人でもない。
世界の片隅で、木製のおもちゃをひっそりと子ども達に提供し続けてきただけの、社長と一事務員。
明日からは肩書きもなくなるけれど、それでも時々こうして水たまりを選んで歩いたりするのだろう。
広い世界に、こんな関係があってもいいと思う。
いくつになっても子どもみたいな……。
雨があがり、私たちが佇む水たまりに虹が映っている。



おわり


© 2026/7/5  ikue.m



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