わたしたちが見ている世界
きらら舎世界論で、世界や宇宙や過去や未来をどうとらえるかという話をしています。
今回は、もう少し身近なところの問いを投げかけてみたいと思います。
夢の中で。
半分以上、わたしはそれが夢だと気づいています。
明晰夢ってやつです。
これは
夢日記をつけてきた
現実(目覚めている自覚)と夢(あ。今、夢を観ていたな)の境目を見極めようというワークを子供の頃からやっていた
そもそも眠りが浅い
ということが原因だと思いますが、
夢だと気づいていない場合、つまり、多くの人が夜、夢を観ている時、
それを現実として認識しています。
では、何を根拠に『これは現実だ』と判断しているのでしょう?
これを、起きている時にも当てはめることができます。
机に向かってパソコンを操作している今は現実なのだろうか。
夜の夢は、目が覚めると
「ああ。夢か・・・」
ってなりますが、もしかしたら、今、目が覚めて、
机に向かってパソコンを操作している夢をみていた・・・
そして目覚めたら、今の自分には思いもしなかった「現実」がある・・・のかもしれません。
また、みなさんは、こんな経験はありませんか?
朝。一回目覚ましアラームがなった・・・
もう起きなくてはいけない時刻・・・
起きて、着替えて、朝食まで食べている。
・・・・・・でも、それがそっくり夢だった。
着替えている夢を見ている時には、それを現実と思っています。
本当に目を覚ました時に、
あ、夢だったのか!やばい!!遅刻!!
ってなるわけです。
でも、そう思っている時、本当に起きているのでしょうか。
明晰夢でも一度に目覚められないことがあります。
だいたいトラブルが起こって、そこから逃避するために、頑張って目覚めようとします。しかし、眠気が強い場合、見ていた夢からは脱出できるのですが、違う夢に入り込んでしまうのです。
停めていた場所に車がない!
レッカー移動されたのか!
(ここで、違法駐車はしないことにしている覚醒時の思考が動きます)
あ。これは夢だ。早く起きよう!!
次の瞬間、車を運転しています。
なにか違和感。
これって、まだ夢だよね。
今度こそ起きなくちゃ。
そうやって念力を使うイメージで頑張って頑張って、やっと目を覚まします。
見覚えのある部屋の景色。
ああ。やっと目を覚ますことができた!・・・・・・のかな。
なんだか、世界が本当にあるのかわからなくなってきませんか?
たとえば虹。
空には「虹」という固形の物体が最初から浮かんでいるわけではなですね。そこにあるのは無数の水滴と太陽の光だけ。
そこに「特定の角度(約42度)から光を受け取る人間の目(網膜)」が揃った瞬間に、はじめて「虹」という現象が世界にパッと立ち現れます。
水滴だけでも、光だけでも、人間の目だけでも虹は生まれません。
「見る主体」と「見られる対象」が出会った関係性のなかでしか、虹は存在できない・・・でも、これを存在していると言えるのか。
これってまさに認識そのものです。
生物学者ユクスキュルの「環世界(Umwelt)」の話も、面白いです。
同じ野原に立っていても、人間には、色とりどりの花や青空が見えているけれど、マダニには、温度と動物の酪酸の匂いしか認識されない(目も見えないし音も聞こえない)。
ミツバチには、紫外線で花びらの蜜標(ガイドライン)がネオンのように光って見えている。
じゃあ「本当の野原の姿」ってどれ?っていうと、誰にとっても客観的な「絶対の野原」なんてどこにもないといえるのです。
その生き物の受容器(感覚器官という縁)と、環境(縁)が交わったところにだけ、その生き物にとっての「現実」が立ち上がるわけです。
仏教の認識論「十二因縁」と「唯識」仏教の認識論(唯識など)でも、まさにこれを徹底的に掘り下げています。
わたしたちの認識は、次の3つの要素が組み合わさった瞬間にパッと生じる(三事和合)と考えるってやつ。
根(こん):感覚器官(目、耳、鼻など)
境(きょう):知覚の対象(光、音、においなど)
識(しき):それらを認識する心の働き「目が対象に触れ、そこに意識が生じる」。
この3つの縁が揃ってはじめて「見えた!」という認識が立ち上がるというものです。
つまり、わたしたちが「外にある客観的な現実だ」と思い込んでいるこの世界は、実はぜんぶ自分の認識のフィルター(縁)を通して編み出された像にすぎない、っていうことなんですね。
現代の「エナクティビズム(エナクション)」との共鳴認知科学の先端(フランシスコ・ヴァレラらの「エナクティビズム」)でも、まったく同じことが言われています。
「認識とは、脳が外界の情報を一方的に処理することではなく、身体が環境と相互作用しながら世界を産出(Enact)することだ」と。
いろいろ、書いてみましたが、こう考えていくと、
現実も、固定されたスクリーンじゃなくて、常に自分との関わりの中で息づいているリアルタイムの現象で、
さらに進めば、見方や意図をかえていくことで、未来も変えることができると思えませんか?
いつもは世界論の方向から現実や未来を考えてみていますが、
今日は認識論から、現実と夢を考えてみました。
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