ゲーミング羊|短編小説|お題:熱帯夜
熱帯夜とは無縁の北の地へ越してきて初めての週末に、高熱を出して倒れてしまった。
引っ越し作業の疲れでも出たのだろうか。
体温は40℃を超え、ひとり酷暑日となりはてながらも、全身は寒さでがたがたと震えている。
同じく、いやむしろ自分以上に疲れているはずの妻は健康な様子で、私を甲斐甲斐しく看病してくれている。
なんとか粥を啜って市販の解熱剤を飲み、額を冷やすとすぐ眠りに落ちた。
ゲーミング草原とペイズリー柄の空の間に、蛍光ピンクの羊の群れがいる。
夢だ。
高熱時特有の、どぎつい色彩の夢。
以前見た時は幼い頃で、あまりの悪夢に泣きじゃくって目覚め、しばらく眠るのが怖くなった。
その時と違い、自分は今これが夢だと認識している。
明晰夢とは、こういうときでも見れるものなのだろうか。
例えばあの羊もゲーミング状態になったら、草原の色と同化して見えにくくなるのではないか。
すると羊の群れはゲーミング羊の群れになり、草原と同化してよく見えなくなった。
ゲーミング羊の毛は柔らかいのだろうか。
こう考えると、羊が一匹こちらに寄ってくる。触れると柔らかかった。
空には柄などない方が良い。青い空に戻すには、ゲーミング羊を空色にして打ち上げる必要がある。
後ろを振り返ると、単純な作りの大砲が一門、いつのまにか存在していた。
砲弾の代わりに羊を詰め込み撃ってみたが、空には届かない。
砲身をほとんど垂直にすると、今度は羊がセットできない。
このままでは、空はペイズリー柄のままではないか。
そもそもゲーミング羊を空色にすることもできていない。
いつの間にか持っていた青い色のペンキを羊に塗ると、羊は苦しそうに悶え、その場に倒れてしまった。
毛呼吸ができなくなって死んでしまったのだ。
大変なことをしてしまった。
もう空がペイズリーだろうとどうでもいい。
後悔に打ちひしがれていると、他の羊たちがやってきて、死んだ羊を囲んだ。
すると羊たちの足元からゲーミング草原に垂れたペンキの青が染み込み、羊は空色になった。
なんだ、それだけでよかったのか。
あとは大砲をどうにか工夫すれば、空をもとに戻せる……。
「あなた、あなた。大丈夫? やっぱり病院へ行ったほうが」
妻の声で目が覚めた。
熱は若干引いたようだが、まだ全身が怠い。
「もう少し眠れば治るよ」
「そう? でもあなた、すごくうなされていたのよ」
「変な夢を見たんだよ。……あれ? 何だったかな」
何か妙な夢を見た気がしたのだが、何も思い出せない。
「お腹は空いてない? 何か食べられる?」
「お粥ならもう少し食べられそうだ」
「じゃあ持ってくるわね。他に欲しいものはない?」
「大丈夫」
妻が部屋を出たあと、身体を起こすと、部屋の壁が目に入った。
北方の、ネット通販も到着に一週間はかかる僻地で売りに出されていた格安の豪邸は、壁が全て趣味の悪い色合いのペイズリー柄だった。
熱が引いたら、無難な壁紙に張り替えようと、強く思った。
