AIで仕事は、本当に楽になるのか
社内向けの説明文やメールの下書き、打ち合わせ内容の整理、資料を作る前の骨子づくり。ここ最近、そのあたりはAIに任せられるようになりました。
どれくらい時間が減ったのかは、きちんと計っていません。実感が大きいのは、ゼロから考えるところで手が止まらなくなったことです。以前は書き始めるまでに時間を使っていた作業も、今はまず叩き台を作ってもらえるので、最初の一歩がかなり軽い。
ただ、仕事そのものが楽になったかというと、そこは少し違う気がしていました。
楽になったと感じる要素は、作業時間のほかにもあります。迷う時間が減ること。毎回誰かに確認しなくても進められること。取りかかるときに気が重くならないこと。AIで軽くなったのは、そのうちの一つでした。
資料は残っていたのに、進まなかった話
きっかけは、過去の資料を探していたときでした。
以前と似た対応が必要になって、そのとき何をどう判断したのかを確認したかったんです。資料自体は残っていました。
問題はそのあとで。書かれていたのは、最終的に決まった内容だけでした。なぜその判断になったのか、他にどんな案があったのか、何を優先したのか、何を懸念して別の案を選ばなかったのか。その過程が、どこにも残っていない。
結局、当時の担当者に聞くことになりました。
聞けばすぐ終わる話です。でも、そのあいだ相手の手は止まっているし、その人が異動していたり辞めていたりしたら、そもそも聞けない。
ここで引っかかりました。文章を作る時間はAIで短くできても、判断の理由が人の頭の中に残ったままなら、仕事全体としては楽になっていない。
AIに任せようとして、気づいたこと
もうひとつ、気づいた場面があります。
ある定型的な確認作業を、AIに任せられないかと考えたときのことです。過去の資料と手順を渡せば、ある程度は判断できるだろうと思っていました。
ところが、渡すために整理を始めたら、途中で手が止まりました。
何をもって成功とするのかが、一つに決まっていなかったんです。ケースによって、見るべき情報が違う。判断の基準が違う。何を重視するかも違う。手順化されているつもりでいた仕事が、実際には担当者の経験とその場の判断で補われていました。
しかも、その手前でもう一段詰まりました。渡す資料そのものが、置き場所も形式もバラバラで、そのままでは扱えない。判断基準を決める以前に、まず資料を一か所で管理して、扱いやすい状態にする必要がある。それで、先にGitHubで資料をまとめて管理するところから考えることにしました。AI活用の話をしていたはずが、気づいたら整理整頓の話をしています。
人に残していいものと、そうでないもの
属人化は全部なくすべきだ、とは思っていません。
積み重ねた経験から出てくる判断や、その人の専門性、大きな意思決定そのものは、人に残っていていいと思います。というより、それは残るものだと思う。
減らしたいのはそこではなくて、言葉にして共有できるのに、誰かの頭の中にだけ残っている部分です。判断の理由が書かれていない状態や、手順にできるのに暗黙のままになっているところ。それが残っているかぎり、聞きに行く時間も、迷う時間も、聞きづらいなという気持ちも減りません。
こういう曖昧さは、AIに任せるために仕事を言葉にしていくと見えてきます。人相手なら「まあ察してくれるだろう」で済んでいた部分ほど、AIに任せるには言葉にする必要があります。
手をつける順番
大きな仕組みまではできていませんが、自分の場合は、こういう順番になりそうです。
まず、必要な資料を一か所にまとめる。置き場所が人によって違うと、AIどころか人間も探せません。
そのうえで、決めたことだけでなく、なぜそう決めたのかも書き残す。他にどんな案があって、何を優先したのか。次に同じ場面に出くわす人が読むと思って一行足すだけでも、あとで呼び止められる回数は減るはずです。
それから、何をもって終わりとするのかを言葉にしておく。これはAIに渡すかどうかと関係なく、自分が迷わなくなります。
ここまでやって、ようやくAIに渡せる部分が見えてきます。

AIが仕事を楽にする、というより
なので、今のところの答えはこうです。AIに任せられる状態まで仕事を整理する過程が、仕事を楽にしている。
整理が済んだ仕事は、AIに渡さなくても少し楽になっています。判断の理由が書いてあれば人に聞かなくていいし、完了の条件が決まっていれば迷わない。AIはそのきっかけだった、という感じです。
とはいえ、整理し切れていない仕事のほうが圧倒的に多いんですが。
読んでくださっている方の仕事にも、「これ、自分しか知らないな」と思い当たるものはあるでしょうか。全部を仕組みに移す必要はありません。次に誰かに聞かれそうなものを、ひとつだけ。
最後に、少しだけ別の話を。
最近、有料記事も少し考えています。
無料の記事では、今回のような気づきや考えたことを書いてきました。もし有料で書くなら、そこからもう一歩踏み込んで、実際に試したことや考える過程まで含めて、読んだ人が持ち帰れるものを書いてみたいと思っています。
ただ、ずっと無料で読んでもらってきたので、迷いもあります。
有料記事を書くことについて、どう感じますか?
読むとしたら、どんな内容なら読みたいと思いますか?
AIや仕事に限らず、映画でも子育てでも。
