葬式に来なかった叔父
B県R市に住むQさんが、祖母の葬儀で経験した話である。
祖母は九十一歳だった。
長く入院していたため、親族もある程度は覚悟していた。葬儀には遠方の親戚も集まり、通夜の晩には斎場の控室で十人ほどが夜を明かした。
その中で話題になったのが、祖母の次男にあたる叔父のJさんだった。
親族の中でJさんだけが来ていなかった。
電話にも出ない。
もともと親戚付き合いを避ける人だったため、
「今回も来ないつもりだろう」
と皆が半ば諦めていた。
ところが午後十一時頃、斎場の職員が控室へ来た。
「先ほど来られた男性、ご親族の方ですよね」
全員が顔を見合わせた。
誰も新しい参列者を見ていない。
職員によると、六十代くらいの男性が一人で受付へ来て、
「遅くなりました」
と言って香典を置いていったという。
記帳はしていない。
焼香もしなかった。
そのまま遺族控室の方向へ歩いていったらしい。
服装を聞くと、灰色の背広。
左足を少し引きずっていた。
Qさんの母親が、
「Jじゃない?」
と言った。
Jさんは数年前に膝を悪くしており、歩き方に特徴があった。
ようやく来たのだろうと、Qさんたちは館内を探した。
しかし、どこにもいない。
トイレにも駐車場にもいなかった。
受付に残された香典袋を見ると、表には何も書かれていなかった。
中には三万円。
そして古い写真が一枚入っていた。
若い頃の祖母と、三人の子どもが写っている。
母親は写真を見るなり黙った。
「これ、おばあちゃんの家にあったやつだ」
祖母がずっと仏壇の引き出しにしまっていた写真だという。
病院へ移る前に家を片付けた時には、確かにそこにあった。
誰も持ち出した覚えはなかった。
翌朝になってもJさんとは連絡がつかなかった。
告別式が始まる直前、親族の一人がとうとう警察へ相談した。
自宅で倒れている可能性があったからだ。
昼過ぎ。
葬儀が終わった頃、警察から連絡が入った。
Jさんは自宅で亡くなっていた。
推定死亡時刻は、祖母が亡くなる前日の夜。
つまり通夜へ来ることはできなかった。
斎場の職員へ改めて確認した。
防犯カメラも調べてもらった。
午後十時五十六分。
自動ドアが開く。
しかし誰も映っていない。
受付の職員は立ち上がり、確かに誰かと話している。
その後、受付台の上へ香典袋が現れる。
置く瞬間だけが、なぜかカメラの死角になっていた。
そこまでなら、親族は「叔父が最後に挨拶へ来たのだ」と考えたかもしれない。
だが問題は、その後だった。
祖母とJさんの葬儀を続けて行うことになり、親族はJさんの自宅を整理した。
そこでQさんは、居間のテーブルに一枚の紙が置かれているのを見つけた。
斎場までの地図だった。
赤いペンで道順が書き込まれている。
その横に、
「母さんを迎えに行く」
と書かれていた。
さらに、その下。
別の筆跡で小さく、
「まだ早い」
とあった。
誰が書いたのか分からなかった。
Jさんは一人暮らしだった。
Qさんたちは地図を処分せず、ほかの遺品と一緒に保管した。
それから三年後。
親族の一人だった叔母のSさんが亡くなった。
通夜の夜。
午後十時五十六分。
斎場の受付へ、灰色の背広を着た男性が一人現れた。
今度は職員だけではなく、Qさんも遠くからその姿を見た。
Jさんだった。
間違いなかったという。
声を掛けようとすると、Jさんは振り返らずに廊下の角へ消えた。
追いかけても誰もいなかった。
