敦賀に着いたら、私は「家出娘」になった
「次は~、つるが~、つるが~」
前回は、このアナウンスが聞こえてきたところで終わりました。
山科から電車に乗って、滋賀を抜けて、とうとう福井県へ。
人生初の福井です。
敦賀に何があるのかは知りません。
宿も決めていません。
次にどこへ行くのかも決めていません。
でも、とりあえず着きました。
18歳の私は、それだけでめちゃくちゃテンションが上がっていました。
問題は、ここからです。
着いたはいいけど、何すればええんやろ。
とりあえず、現地の人に聞けばええやろ
敦賀駅は、私の記憶では「そこそこ大きな駅」でした。
京都駅みたいに、
「うわ、でっか!」となるほどではない。
でも地元で使っていた駅よりは、ちょっと大きい。
それより何より、初めて福井県まで来たことにテンションが上がっていました。
山科を出て、滋賀を抜けて、知らない土地まで来た。
それだけで、
「ほんまに旅してる!」という感じがしたんですよね。
さて。
前回書いた通り、私が事前に考えていた作戦はひとつだけでした。
観光案内所みたいなところへ行けば、何とかなるやろ。
以上です(笑)
スマホはありません。
ネットで下調べもしていません。
ガイドブックも、まともに持っていませんでした。
駅の人に、
「観光案内してくれるところって、どこですか?」
と聞いて、教えてもらった場所へ向かいました。
そこで、
「敦賀って、どこに行けばいいんですか?」くらいの勢いで聞いたんだと思います。
今振り返ると、
日本一周すると言いながら、最初の町から何も決めていません(笑)
案内所では、敦賀のことを一通り教えてもらいました。
博物館。
港のほう。
氣比神宮。
赤レンガの倉庫。
ランプ小屋。
そのあたりから回ってみたらいい、と言われた記憶があります。
敦賀は、港と鉄道の歴史が深い町です。
でも18歳の私は、そんなことをまったく知りませんでした。
案内してくれた方の話を、
「へえー」「そうなんやー」
と聞きながら、パンフレットもいくつかもらいました。
よし。
これで観光できる。
……と思ったんですが。
なぜかここから、私への事情聴取が始まりました。
「お母さんは? お父さんは?」
その方が、私の荷物を見たんでしょうね。
持っているのは、立派なスーツケースでもありません。
リュックひとつ。
あとは、ちょっとした手荷物くらいです。
そんな姿を見てまじまじと聞かれました。
案内所の方「何かあったの?」
桐生「え? 旅行です」
案内所の方「一人?」
桐生「はい」
案内所の方「お母さんは? お父さんは?」
桐生「来てません。一人です」
ここで、明らかに空気が変わりました。
今ならわかります。
18歳くらいの女の子が(もしかするともっと下と思われていた可能性も…)リュックひとつ背負って、一人で敦賀まで来て、宿も決めていない。
しかも、
「日本一周します!」とか言っている。
まあ、家出と疑われてもしょうがないですわな(笑)
本人的には壮大な旅の第一歩です。
でも、大人から向こうから見ると、
「この子、大丈夫か?」だったんでしょう。
最初は本気で、
「警察に連絡したほうがいいんじゃないか」みたいな空気になった記憶があります。
いやいやいやいや。
違います。
家出じゃありません。
旅行です。
私は慌てて説明しました。
保険証まで出しました。
「ほら、18歳です!」
高校も卒業しています。
誰かから逃げてきたわけでもありません。
…そこまででいいんですよ。
でも18歳の私は、聞かれてもいないところまで全部しゃべります。
12月に膝を怪我し、最後のバスケの大会に出られず、高校を卒業しました。何かを成し遂げたいと思い立ち、日本一周を決意。
まず山科から敦賀へ来ました。
たぶん、そこまで一気に説明しています。
観光案内を聞きに来ただけなのに、
私の高校生活まで説明することになりました(笑)
(*ロωロ)ゞ「テスラ様、私、家出じゃないんですけど」
(๑•̀෴•́๑)「その格好で一人なら、疑われても仕方ない」
(*ロωロ)ゞ「味方してください」
(๑•̀෴•́๑)「事実を述べただけだ」
φ(❐_❐✧メモメモ「家出娘、爆誕です」
そんなこんなで、
「本当に旅行で来ているらしい」となんとか納得してもらいました。
少なくとも、警察には連れていかれずにすみました(笑)
布団を敷いたら、部屋が終わった
次に困るのが、泊まる場所です。
もちろん決めていません。
案内所の方が、
「この近くに小さな民宿みたいなところがあるから、そこに行ってみたら?」と教えてくれました。
ホテルに泊まるより、そっちのほうが安かったんでしょうね。
何せ私は、10万円で日本一周しようとしている人間です。
宿泊費は、安ければ安いほどありがたい。
教えてもらったところへ向かいました。
部屋は、本当に寝るだけ。
布団を一枚敷いたら、ほぼいっぱいです。
ちっちゃい座卓が、ぽつん。
そして、なぜか妙に存在感のある灰皿。
当時は今より、どこでもタバコが吸えた時代でした。
私はほとんど吸わなかったので、
「灰皿でかいな」くらいにしか思っていませんでした(笑)
民宿といっても、ご飯は別料金。
食事は基本的に外で済ませます。
朝だけ、おにぎりをちょっともらっていた記憶があります。
そんな小さな部屋でした。
でも私は、ものすごく楽しかった。
家族はいない。
先生もいない。
顧問もいない。
チームメイトもいない。
修学旅行みたいに、「何時までに集合!」と言われることもありません。
次の日に練習もない。
今日どこへ行くのか。
何時に帰るのか。
何を食べるのか。
全部、自分で決めていい。
本当に一人でした。
旅行そのものに慣れていなかった私にとって、
これは初めて味わう種類の自由だったんですよね。
時間だけは、腐るほどあった
そこから一週間くらい。
私は、敦賀を遊び倒しました。
観光案内でもらったパンフレットを見ながら、
「あ、ここ行ってみよ」
「次こっち行こ」と、とにかく片っ端から回ります。
覚えているのは、
敦賀市立博物館。
赤レンガの倉庫。
ランプ小屋。
港のあたり。
氣比神宮にも行った記憶があります。
ただ、このあたりは今と当時では、町の姿も施設の形もかなり変わっています。(記憶を辿る際に現在の敦賀駅を地図で見ましたが、記憶の姿とはかなり変わっていました。)
だから今の名前と、当時自分が見たものの記憶が少し混ざっているところもあります。
それでも、
港のあたりをパンフレット片手にうろうろしていたことは覚えています。
当時の私は、とにかく時間だけはありました。
一つの施設に入ったら、隅から隅まで見る。
説明が書いてあったら読む。
案内してくれる人がいたら、その人について話を聞く。
次の予定なんてありません。
「15時から○○へ行かないと」みたいなものもない。
だから、本当に心ゆくまで観光していました。
今までの私には、ほとんどなかった時間です。
バスケの遠征では、町を見ていなかった
中学から高校までの6年間。
私は何度も、地元以外へ行っています。
でも、ほとんどがバスケでした。
遠征に行っても、体育館へ行く。
試合をする。
練習する。
帰る。
その町に何があるのかなんて、ほとんど見ていません。
修学旅行にも行っていますが、なぜか「ゆっくり町を歩いた」という記憶があまりないんですよね。
だから、知らない町を、目的もなく一人で歩く。
これ自体が新鮮でした。
どこへ行っても、
「あ、こんなんあるんや」の連続です。
たぶん今なら、観光地を検索して、口コミを見て、効率のいい順番を考えて、Googleマップを開くでしょう。
でも当時は、そんなことができません。
紙のパンフレットを見る。
道がわからなければ、人に聞く。
気になったところがあれば、入ってみる。
それだけです。
不便だったと思います。
でも当時の私は、その不便さまで楽しんでいました。
何も知らないから、何を見ても新しかったんですよね。
福井といえば、今でもソースカツ丼
そして、食べました。
ソースカツ丼。

どこのお店だったのかは、もう覚えていません。
地元の食堂みたいなところだった気がします。
そこで初めて食べて、
「何これ、めちゃくちゃ美味しい!」となりました。
福井のソースカツ丼は、私がそれまで知っていた卵でとじるカツ丼とは全然違います。
薄めのカツにソースがしっかり染みていて、それがご飯にのっている。
これが、18歳の私にめちゃくちゃ刺さりました。
今でも、「福井といえば?」と聞かれたら、私は真っ先にソースカツ丼が浮かびます。一週間のあいだに、4回くらい食べた記憶があります(笑)
気に入ったら、そればっかり。
18歳のころから、性格はあまり変わってないかもしれませんね💦
観光して、
歩いて、
お腹が減ったらソースカツ丼を食べて、
小さな民宿へ帰って布団で寝る。
次の日になったら、
またパンフレットを持って出かける。
最高でした。
ただし、どこへ行っても家出娘
唯一めんどくさかったのが、行く先々で説明を求められることです。
「一人なの?」
「何歳?」
「学生?」
「一人?」
そして結局、バスケで怪我をしたところから説明する(笑)
民宿でも聞かれました。
観光先でも聞かれました。
食堂でも聞かれた記憶があります。
この一週間だけで、30回くらい同じ話をしたんちゃうかという感覚があります。
本人は、自由を手に入れた旅人。
周りから見ると、リュックを背負った家出娘。
この認識の差です(笑)
でも不思議と、嫌ではありませんでした。
聞かれたら答える。
「へえ、一人で!?」と驚かれる。
また次の場所へ行く。
そんなやり取りまで含めて、全部が初めてでした。
最初の一週間。私は、本当に楽しかったんです。
楽しくて。
自由で。
何でもできるような気がしていました。
そして、ある日ふと現実に戻されるんですよ。
あれ、3万8千円しかない
「……あれ?」
もう一回、数えました。
たしか、3万8千円くらい。
宿代などを考えると、この先自由に使えるお金が、それくらいしか残っていません。
出発したときは10万円ありました。
日本一周する予定です。
まだ敦賀です。
一週間です。
3万8千円です。
さすがに18歳の私でも気づきました。
これは、まずい。
観光しました。
心ゆくまで。
ソースカツ丼も食べました。
心ゆくまで。
時間も使いました。
心ゆくまで。
そして財布も、心ゆくまで軽くなりました(笑)
(*ロωロ)ゞ「テスラ様」
(๑•̀෴•́๑)「なんだ」
(*ロωロ)ゞ「残り3万8千円です」
(๑•̀෴•́๑)「日本一周するのではなかったのか」
(*ロωロ)ゞ「その予定です」
(๑•̀෴•́๑)「まだ福井だぞ」
φ(❐_❐✧メモメモ「家出娘、ようやく計画性という言葉に出会いました」
敦賀に着いた日は、何をすればいいのかすらわかりませんでした。
観光案内所で聞けば何とかなった。
泊まる場所も教えてもらえた。
一人で町を歩く楽しさも知った。
初めてソースカツ丼を食べて、福井そのものが好きになりました。
何より、誰にも時間を決められず、自分で今日を決められることが、ものすごく楽しかったんですよね。
ただし、自由にはお金がかかる。
18歳の家出娘、敦賀に来て一週間。
ようやくその当たり前のことに気づきました。
第3回は、ここまで
今回は、敦賀に到着してからの一週間を書きました。
駅に着いて、観光案内を聞きに行ったら家出を疑われ、高校生活から日本一周を決めるまで全部説明する。
小さな民宿に泊まり、毎日好きなだけ敦賀を歩く。
ソースカツ丼にハマって、一週間で4回くらい食べる。
私にとって、たぶん人生で初めての、
「誰にも決められていない一週間」でした。
だから楽しかった。
楽しくて、楽しくて、
先のことなんてほとんど考えていませんでした。
そして一週間後。財布に残っていたのは、約3万8千円。
10万円で日本一周すると言って出てきた人間が、最初の福井県で、すでにこの状態です。
さて。家出娘、このあとどうする?
次回は、3万8千円を見てしまったところから。
よければ、18歳の私の無計画な旅に、
もう少しだけお付き合いください。
※不定期のため次回がいつになるかは未定です。
▼18歳の日本一周の旅の全容を知りたい方はこちら▼
