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頭のいい人が集まるほど、なぜ会議はおかしくなるのか?|『なぜ「賢い人」が集まってしょうもない意思決定がなされるのか』を読み直す

会議が始まる前の雑談では、何人かが同じことを言っていました。
「この企画、たぶん厳しいよね」
「数字を見ても難しいと思う」。
ところが会議が始まり、上司が「では、この方向で進めようか」と口にすると、誰も反対しない。

一人が「いいと思います」と言い、もう一人もうなずく。
さっきまで懐疑的だった人まで黙ったまま資料を閉じ、気づけば全会一致で企画が動き始める

こんな不思議な場面は、能力の低い人ばかりが集まっているから起きるのでしょうか。

今日読み直すのは、太田肇さんの『なぜ「賢い人」が集まってしょうもない意思決定がなされるのか 身近な疑問からみる日本型組織の「無駄の構造」』です。

本書は、「絶対に失敗しそうなプロジェクトが全会一致で進む」「みんなが無駄だと思っている仕事がなくならない」「無難な人が社内エリートになる」といった現象から、日本型組織の構造を読み解いていきます。

私が一番引っかかったのは、組織の問題を「ダメな人がいるから」で終わらせないところです。

優秀な人でも、その場に入ると、個人では選ばないような判断をすることがある。

では、いったい何が人をそうさせるのでしょうか。

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第1章|全員賛成なのに、本当に全員が賛成しているのか


たとえば、ある新規事業について10人で話しているとします。
市場は縮小している。必要な人員も足りない。現場ではすでに「このまま進めるのは危ない」という声が出ています。

ところが会議では、誰もその話をしません。
部長が「会社として重要な案件だから、なんとか形にしたい」と言うと、一人が「確かにそうですね」と返し、別の人も「やるなら早い方がいいと思います」と続けます。

すると、発言していない人にも変化が起こります。
「自分だけ反対したら空気を壊すかもしれない」「もう方向は決まっているのだろう」と考え、あえて口を閉じる。
結果だけを見れば、全員が賛成した会議になります。

でも、「誰も反対しなかった」と「全員が納得していた」は同じではありません。
本書が描く会議室の奇妙さは、まさにこのズレにあります。
出版社の紹介にも、会議室に「本当のことを言ってはいけない」という空気が生まれる例が挙げられています。


第2章|「賢い人」が急に賢くなくなるわけではない


ここで大切なのは、会議へ入った瞬間に一人ひとりの能力が下がったわけではないことです。
本人だけに聞けば、「この企画は危ない」「この仕事は無駄だ」とかなり合理的に判断できている場合があります。

それでも組織の中では、「何が正しいか」以外の条件が判断に入ってきます。
上司はどう考えているか。ここで反対すると評価に響かないか。前例を否定したと思われないか。周囲との関係が悪くならないか。

すると、人は仕事そのものだけでなく、組織の中で自分がどう扱われるかまで含めて判断するようになります。
個人にとっては合理的な選択が積み重なった結果、組織全体では非合理的な結論になることがあるのです。

本書には、「効率的に仕事を終わらせることの会社員的デメリット」や、「裏の承認」「都合のいい人かどうかという裏評価基準」といった論点も登場します。

つまり表向きの制度だけでなく、組織の中にある非公式なルールまで見なければ、人の行動は理解できないということです。

第3章|「空気を読んだ人」を責めても、空気は残る

会議がうまくいかなかったとき、「もっと勇気を持って発言すべきだった」と個人を責めたくなります。

確かに、必要なことを言う勇気は大切です。
ただ、毎回それだけで終わると、同じことが繰り返されるかもしれません。
なぜなら、その人が黙った理由をつくっている場の構造が残ったままだからです。

反対意見を言った人だけが会議後に呼び出される。
上司の案へ賛成した人ほど評価される。
過去に正論を言った人が「面倒な人」と扱われた経験を、周囲が見ている。

そういう環境なら、口を閉じることには本人なりの合理性があります。
誰か一人が弱いから沈黙が生まれるのではなく、「言わない方が得だ」と学習させる場が沈黙をつくることがある。
そう考えると、「あの人は意見を言わない」という見方から、「なぜ、この場では意見を言わない方が合理的になるのだろう」という見方へ変わります。


第4章|無駄だと思っている仕事が、なぜなくならないのか


これは会議だけの問題ではありません。
職場には、「みんな無駄だと思っているのに、なぜか続いている仕事」があります。

誰も読んでいない報告書を毎週つくる。すでに別のシステムへ入力した数字を、別の表へもう一度転記する。目的が分からなくなった会議を、「昔からやっているから」という理由で続ける。

本書は、こうした身近な現象も日本型組織の「無駄の構造」として扱っています。

個人に「この仕事は必要ですか」と聞けば、「なくしていいと思います」と答えるかもしれません。
それでも、自分から「やめましょう」と言うにはコストがあります。
失敗したときに責任を負うのは誰か、前任者の仕事を否定したと思われないか、わざわざ波風を立てる必要があるのか。
そう考えると、「とりあえず去年どおりにやる」が安全になります。

つまり、無駄を続けている一人ひとりが愚かなのではありません。
無駄をやめる人より、無駄を続ける人の方が安全になる構造があれば、賢い人ほどその構造へ適応してしまう可能性があります。

第5章|「誰が悪い?」から「何がそうさせている?」へ

何か問題が起きると、私たちは原因となった人を探します。

「あの上司が悪い」「あの担当者が保守的だからだ」「若手に主体性がない」。
人を原因にすると、話は分かりやすくなります。

もちろん、本当に個人の判断に問題がある場合もあります。
ただ、同じような問題が担当者を替えても何度も起きるなら、人より先に構造を疑った方がいいかもしれません。

評価制度は何を褒めているのか。失敗した人はどう扱われるのか。異論を言ったとき何が起きるのか。誰の承認を取らなければ仕事が進まないのか。公式の組織図とは別に、誰が実際の影響力を持っているのか。

そうしたものを見ていくと、「しょうもない意思決定」が、突然しょうもなくなく見えてくることがあります。
組織に適応した人からすれば、その判断にはその判断なりの理由があるからです。
人の行動だけを見るのではなく、その行動を合理的にしている条件を見る。
これは、本書から持ち帰りたい大きな視点です。


第6章|でも、「空気や構造のせい」にしたら誰も責任を取らなくならないか


ここは慎重に分ける必要があります。
「構造が悪い」と言えば、個人の責任を全部免除できるわけではありません。

不正に加担した。事実を知りながら隠した。自分の権限で止められたのに止めなかった。
そうした場面では、個人の判断と責任を問う必要があります。

本書自体も、コンプライアンスを整えた企業でなぜ不正が起こるのか、そして「見て見ぬふり」がなぜ本人にとって合理的な選択になり得るのかを論じています。

ただし、個人を処分して終われば、次の人が同じ状況へ置かれる可能性があります。
だから必要なのは、個人か構造かの二択ではなく、両方を見ることです。
本人は何を選んだのか。同時に、なぜその選択が得になる環境だったのか。二つを分けて読むことで、責任を曖昧にせず、再発も防ぎやすくなります。

第7章|私たちは、すでに「場」を読んで働いている

考えてみると、私たちは仕事で、明文化されたルールだけを見て働いているわけではありません。
新しい職場へ入れば、「この会議では最初に部長へ話した方がいい」「この人には事前に説明しておくと進みやすい」「この時間帯はみんな忙しいから相談を避けよう」と、少しずつ場を読み始めます。

誰に教えられたわけでもないのに、相手の表情、会話の間、周囲の反応、過去のやり取りから、その場にある暗黙のルールをつかんでいく。
私たちは、すでにかなり高度なことを日常でやっています。

問題は、その力を「場へ合わせるため」だけに使うときです。
空気を読んで黙ることもできますが、同じ力を使って、「この沈黙は何を意味しているのだろう」「この場には誰の視点が欠けているのだろう」と読むこともできます。

場を読む力は、従うためだけの力ではありません。
場そのものを読み直すためにも使える。

ここに、今回の本と社会人先生がつながるところがあります。

第8章|「自分 → 相手 → 場〈全体〉」まで見る

社会人先生では、現実を見る位置を自分 → 相手 → 場〈全体〉へ動かしていきます。
自分の位置だけでなく、相手には何が見えているか、さらに自分と相手を取り囲む関係や文脈まで読む考え方です。

会議なら、自分の位置では「私は反対だ」。相手へ移れば、「部長はなぜこの企画を進めたいのだろう」「若手はなぜ黙っているのだろう」と見えてきます。

さらに場〈全体〉まで広げれば、「この会議では、なぜ異論が出にくいのか」「何を言うと評価され、何を言うと損になるのか」「本来の目的より、誰かの顔を立てることが優先されていないか」というところまで視野に入ってきます。

ここまで見ると、問いが変わります。

「誰が正しいか」ではなく、「この場では、いま何が起きているのか」。
人を責める前に、場を読む。場のせいにする前に、自分がその場で何をしているかも見る。
その往復から、今まで見えなかった一手が出てくることがあります。


第9章|次の会議で、「沈黙」を一度だけ読んでみる

では、今日から何をすればいいのでしょうか。

組織改革を始める必要も、会議のルールを全部変える必要もありません。

次の会議で、一度だけ沈黙している人を見る。発言していない人を責めるのではなく、「なぜ、この人は今ここで話さないのだろう」と考えてみます。

すでに十分納得しているのかもしれません。
考える時間が必要なのかもしれない。反対しているけれど、言いづらいのかもしれない。そもそも会議の目的が分からなくなっている可能性もあります。
気になったら、「ここまでで、何か引っかかるところはありますか」と一度だけ聞いてみる。
そこで何が返ってくるかを観測します。
大切なのは、最初から「空気の正体」を当てることではありません。
場について一つ仮説を持ち、現実に聞いてみることです。

今回読み直した本

太田肇著 『なぜ「賢い人」が集まってしょうもない意思決定がなされるのか 身近な疑問からみる日本型組織の「無駄の構造」』
日経BP 日本経済新聞出版
プロローグから、日本型組織の意思決定、人材育成、抜擢、無駄仕事、コンプライアンス、そして組織の悪弊からどう抜けるかまでを扱っています。
著者の太田肇さんは同志社大学名誉教授で、専門は組織論・組織社会学です。本書では、日本企業で繰り返される不可解な現象を、個人の資質だけでなく組織構造との関係から分析しています。

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おわりに|賢い人を集めるだけでは、賢い組織にはならない

『なぜ「賢い人」が集まってしょうもない意思決定がなされるのか』を読み直すと、「優秀な人材を採れば組織は強くなる」という考えが少し揺らぎます。

もちろん、優秀な人は必要です。
ただ、どれほど優秀でも、その人が異論を言うと損をする場、無難に振る舞うほど評価される場、失敗を隠した方が安全な場へ入れば、その場に適応していく可能性があります。

だから組織を見るとき、「誰が優秀か」だけでは足りません。
その場は、どんな行動を合理的にしているのか。
ここまで見る必要があります。

次に「なんで、こんなバカな決定になったんだ」と感じたとき、誰かを責める前に一度だけ問いを変えてみてください。

「この人たちを、そう判断させた場には何がある?」

そこで見えたものを一つだけ変えてみる。
発言の順番かもしれない。
匿名で意見を集めることかもしれない。
会議前に個別に聞くことかもしれません。

試したあと、発言や判断がどう変わったかを見る。
誰かの組織改革論をそのままコピーするのではなく、自分の職場では何を変えると本音や合理的な判断が出てくるのかを、自分の現実の中で見つけていく。
それが、自分メソッド化です。

頑張っているのに、現実が動かない人へ

努力している。学んでいる。行動もしている。
それでも、なぜか同じ場所へ戻ってしまう。
もし、今の延長線上に欲しい未来がないのなら、必要なのは「もっと頑張ること」ではなく、現実の読み方と、次の一手を変えることかもしれません。
「無理だ」と言われた目標を、それでも成し遂げたい。
いまの自分では届かない未来へ、本気で向かいたい。
人生や仕事に、大きな転換が必要だと感じている。
そんな人のために、社会人先生の「現実を動かす技術」の全体像を、固定記事にまとめています。
以前に読んだ方へ。
固定記事は、その後かなり更新しました。

▶ 今の延長線上にない未来を、現実へ近づける方法を読む

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