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炙り十勝豚丼、遠い冬の記憶

今年もまた、松屋の限定メニュー「炙り十勝豚丼」が帰ってきた。

本来の豚丼とは、炭火で焦げつく寸前まで焼かれた豚肉に、ウナギの蒲焼を思わせる甘辛いタレをまとわせ、湯気立つ白飯の上にそっと寝かせたものをいう。十勝の風が吹き抜ける大地の上で、人々が黙々と受け継いできた、素朴で、力強い一杯。

やがて時代は流れ、松屋はその伝統に現代の息を吹き込んだ。厚切りの豚カルビを鉄板の上で焼き、タレを絡め、仕上げに炎の舌で炙る。じゅっと立ち上る煙は、冬の空に消えた誰かの吐息のよう。北海道の厳しい自然と、人の手が生んだ技の温もりが、ひとつの丼の中で静かにより添っている。

「炙り十勝豚丼」は、単なる豚丼ではない。それは、記憶と現実、郷愁と欲望、過去と現在が交差するひとつの夢。箸を進めるたび、口の中に広がるのは北海道の大地の息吹と、人々の暮らしの温もり。目を閉じれば、あの十勝の風景が静かに浮かんでくる。

「今日はしばれるっしょ?」

「そうさ、今日はしゃっこいわ。おがみさん、豚丼と豚汁くれぇ」

懐かしい。あれは誰の声だったろう。

湯気の向こうにぼやけた笑顔。凍えた手で湯呑を握りしめたあの夜。松屋の炙り十勝豚丼を口にすると、時の糸がするするとほどけていく。懐かしさと、取り戻せないものへの痛みが、胸の奥でゆっくりと溶け合う。

十勝の冬は容赦がない。雪が深々と降り積もり、世界を白で閉じ込める。そんな厳しさの中、町の片隅にある小さな食堂の灯りだけが、夜を拒むように光っている。扉を開ければ、湯気が頬を撫でる。鼻先をくすぐる甘辛い香り。そこは、地元の人々が肩を寄せ合い、日々の暮らしを分かち合う場所だった。

窓の外では雪が舞い、窓の内では湯気と笑顔が溶け合う。その対比が、いっそうこの瞬間を美しくする。十勝の冬はたしかに厳しい。内地の冬とは比べものにならない厳しさだ。けれど、その厳しさの中で見つけるささやかな幸せこそが、人の心をあたため、つなぎとめている。

しかし、冷静になってよくよく考えてみたら十勝はおろか、私は北海道にすら行ったことがなかった。そもそも十勝がどのへんにあるのかもわからない。


松屋の炙り十勝豚丼


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