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脚本の書き方ではなく、脚本の読み方を学んだ

質問箱にいただいた質問に回答するnoteです!

こんにちは、はじめまして!

まずは、質問箱に質問をいただけたのが初めてなので、嬉しいです。ありがとうございます。

私も文章が好きで、小学生の頃から日記を書いたり小説を書いたり、htmlを組んで自作のテキストサイト(!)を作って詩を公開したりしていました。今はドラマの感想を書く仕事で生計を立てているので、文章でご飯を食べている、と言えるのかもしれません。こう書くと、大変、おこがましいのですが。

小説を書いて本を出す夢、三谷幸喜のような脚本家になる夢、素晴らしいです! 何をおいてもまず、その夢を応援したいです。この世に一人でも、一作でも、おもしろい物語を生んでくれる人や、おもしろい作品そのものが増えてくれることを望んでいます。社会や人類の豊かさのために。

後付けですが、私が脚本の書き方を勉強しようと思ってスクールに通い始めたのも、根源にはそういう希望があったからだと思います。


本当に、元の元のきっかけは、友人から「シナリオセンターっていう、脚本を勉強する場所があるよ!とってもいいよ!」とおすすめしてもらったのが始まりです(しかも、二人からおすすめしてもらいました)。

今の仕事を始める前から映画やドラマは好きで日常的に観ていて、脚本というものが作品の土台になっていること、脚本家なる職業の人がこの世に存在することは知っていました。それこそ三谷幸喜もそうですし、クドカンとか坂元裕二とか野木亜紀子とか、エキセントリックな物語を次々と生み出してくれるゴッドたちはたくさん存在しますよね。

でも、私はどちらかというと「脚本家になりたい!」というよりは「脚本の構造、書かれ方」とか「どういったテクニックやコツで脚本というものが成り立っているのか」そして何よりも「脚本の読み解き方」が知りたくて、スクール通いを決めたようなところがあります。

そう、読み解き方です。解釈の仕方。脚本がどういった書かれ方をするのか、実際に自分の手を動かして触りを学んでみて、脚本の読み方を身に付けたかったんだと思います。


私もかつて、小説家になりたいと思って小説を書いていたことがあります。大学の頃は文芸同好会に入って、同じメンバー同士で互いに書いた小説を読み合ったり、同人誌を作ったりしていました。

書くのは楽しかった。でも、書き続けるのは難しいなと、割と早い段階で気づいていたような気がします。

自分の好きなときに、気が向いたときにだけ、その瞬間のテンションに合わせた文章をつらつら書いて悦に入って満足する。言ってしまえば、それだけで心が充足しました。

小説家に限らず、すべての創作に携わる人たちにとって、書き続けること・作り続けることには「楽しさ」以外の感情も入り混じるものだと思います。自分の意向だけで物事が進まなかったりとか、作品のことは二の次に、誰かの顔色を窺わなきゃいけなかったりとか。仕事って、お金をいただくって、そういう営みと等価交換みたいなところ、あるじゃないですか。

私には、それは無理だと思った。趣味で続けていくのがいちばん、身体にも心にも良いと思った。だから、小説を書くことはあっても、自分からその「書き方」を学びにスクールに行ったり、そういうことはしないでおこう、と思ってたんです。


でも、脚本には興味がわいて、実際にスクールに通ってみた。とても楽しかったです。脚本の書き方を教わったことで、脚本の読み方もわかるようになった。

そうすると、自然と、映画やドラマの見方も変わっていることに気づきました。どうしてこのキャラクターが、このタイミングで出てきたんだろう? とか。どうして主人公はいま、わざわざこのセリフを言ったんだろう? とか。これまで「そういうもん」で流してきたさまざまな要素が、物語を形づくるうえで欠かせないピースとして、一つひとつ浮かび上がってくるように見えました。

それはとても、私のいまの仕事にも直結で役立っています。作品の感想を書くって、つまりは自分の着眼点から「切り口」を見つけるってことなので、脚本の読み方を知ったことで自分なりにそのコツが掴めたのは、わかりやすく収穫でした。

私は、脚本家になろうと思ってスクールに通ったわけではないけれど、もし質問者さんが興味があるなら、短期間の講座もあるので覗いてみると良いと思います。

行けば必ず脚本家になれる! というわけではないと思うんですけど、何か持ち帰れるものはあるはずです。私は、行ってよかったなと思いました。

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北村有 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。サポートいただけた分は、おうちで飲むココアかピルクルを買うのに使います。