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池が海でもある浜離宮恩賜庭園

ハジメマシテの浜離宮へ行って来た。
何だかよく分からないけど急に思い立って「あ~浜離宮だー」となり、何で行くのかもわからず、行った事ないし まあいいか、と。

大手門口


正式名称は「浜離宮恩賜庭園はまりきゅうおんしていえん」。
都立庭園で、旧浜離宮庭園として特別史跡・特別名勝に指定されているのが現在だけれども、かつては徳川将軍家の離れ御殿で、特徴的なのは東京湾から海水を引き入れて潮の干満で池の趣を変える様式だということ。
ざっくり成り立ちだけ読んで訪れたのだけれど。

都立庭園ではお馴染みの看板


築地市場駅から行ったのだけれど、駅出てから庭園まで歩く間ずっと「?」と頭の中がなっていた。うーん、なんだこれ? 同じ都内でも我が家の方面ではあまりない感覚。それが何だか分からないから「?」がいっぱい。

右が浜離宮 左は築地方面


この「?」は浜離宮の大手門口入ってからも続いていて、先ず松メインと芝生のエリアが広がっていたのだけど、なんかこう変な違和感があって。妙なアンバランス。チグハグ感。あまり庭園では感じた事なかったから、う~ん、何でだろ?となっていた。松と芝生は皇居外苑も同じなのだけど、全く違う感覚。





庭園MAPリーフレット
*画像は東京都公園協会さんHPからお借りしました


芝生エリア抜けて鴨塚から馬場跡通って潮入の池へ抜けた途端、空気が変わった。

鴨塚では鴨さんにもお会いでき
この先が潮入の池
正面に見えてるのが小の字島



ここ最近復元されている茶屋を見て、以前と同じ場所に建てられているのかは知らないけれど、どの茶屋も池や風景が綺麗に見えて、都立になる前は皇室所有になって外国貴賓対応に使われていたのも納得。 営業している茶屋は、外国人の方がテラスで風景を愛でお茶をして楽しそうだった。

「お伝い橋」と呼ばれる池の中にある「小の字島」とを結ぶ橋を渡り始めると、空気感が変わった意味がわかった。


東京湾から海水が池に入っているから、エネルギーが海なんだ。だからこんな不思議な感じなのか。陸(大地)なんだけど、海のエネルギーが強くてちょっとびっくり。
海水が池に入っていると言っても引き入れているから、当たり前だけど繋がっている。庭園なんだけど、海なの。感覚も。


潮の干満で変わる風景を楽しむのがそもそもだったみたいだけれど、もちろんその造りは素晴らしくて、当時の人たちの粋なセンスは凄いなと思うのだけど、それよりも何よりも私がすっごいな、これ。って思ったのがーー


お伝い橋も幾つかある


ここは陸地(芝生)があり小山があり鴨狩場があり潮入り池があり、という広大な土地なのだけど、もともとは将軍家の別宅だった訳で、当初から海水の引き入れはされていたのだから、要は自分の敷地内で山(地)と海(水)を外部の妨げなく楽しめたわけで。
武家や大名の屋敷跡や庭園らを観ると、特に日本庭園とかは様々なものを模して取り入れているのが特色で、趣を楽しむためにそういうのが流行ってたのかなーくらいに思っていたのだけど、今回のこの潮入の池はちょっと別格で、海のエネルギーそのまま庭散歩してるだけで浴びられるから、それを意図して造られたかは分からないけれど、そういう場を自宅に(というとえっらい小さく感じるけど)造っちゃう当時の人たちの感覚がすごいなー。

魚も鳥もあちらこちらで見れる


潮入の池のお伝い橋渡っている時はクリアニングされていた。
鴨場で結構ギュウギュウになっていたエネルギーが、池周辺に出た途端に開放されて、橋では浄化。

鴨の様子を観察する大覗場
小屋に穴が沢山空いていて・・
覗くとこんな感じ
こっちは小覗


今でこそ東京湾沿いや築地川側にはビル群が建ち並んでる風景だけれど、当然当時は辺り一面平野で海だっただろうから、高台に登れば見れただろうし。もうなんだか規模が違い過ぎる。


築地川沿いはベンチが置かれていて、川(といっても香りは殆ど海だけど)を眺めながらしばし休憩しながらぼぉ~っとして。
水上バスの発着場もあるから、船使って来るのもきっと楽しい。一応調べたのだけど、今回は時間がなくて乗らなかった。

築地川沿い
白い船辺りが水上バス発着場


結構沢山歩いて、帰りは別ルートにしようと中の御門から汐留駅経由にしたのだけど、その近辺は高速が上を渡り大きな何車線もの交差点があり車も人も沢山行き交っていて、ほんの数分前とはまた別次元の世界だな~とか思いながら帰路についた。

中の御門出た横にある門
庭園は門の飾りも細工されたものが多い


なーんとなく
今回浜離宮に行きたくなったのが分かったのは
たぶん 異なる場の統合的な感覚
そのグラデーションを感じるため かなと

まだ記事に出来てないけど
少し前に旧古河庭園にも行っていて
そこでは和と洋のグラデーションが
見事なまでに具現化されていた

今回は地と水のグラデーション

異なるものが1つにあるとき
当然どこかで
パキッと区切られている訳ではなく
曖昧さからどちらかに寄って行く
という事になるのだけど その移り変わりを
私はグラデーションと呼んでいて
エネルギーのグラデーションみたいな感覚

エネルギーが変わる時
体感としてどんな風に感じるのか を
体験しに行ったんじゃないのかなぁ

この樹もすごかった


で その先は
そういう事は不思議でも特別でもなくて
かつてから日常に取り込まれていて
我々の暮らしは
そういった中に本当はある ということ

もっと言えば
我々ニンゲンも
その動きの中の一部であって
何ら別格のものではない

だから
海水のエネルギーを浴びて
心が洗われるし
風と共にあれば
心が軽やかになる


これから みーんな
そうだったってことを
おもいだしてくる


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