掌編「転生エリザベス、無敵艦隊を撃破!」
目を覚ますと、私は豪華な天蓋付きベッドの上にいた。
絹のカーテン、金色の彫刻、ふかふかのマットレス。
……いや、待って。
昨日の世界史で習ったばっかりの
「エリザベス女王」そのまんまの格好じゃん、これ。
首元には、やたらデカい襟。
「え、ちょっと……これって、エリザベスカラー!?
犬猫が傷口なめないようにつけるやつの元ネタが私!?」
思わず一人でツッコミを入れる。
その瞬間、頭の奥に冷たい声が響いた。
「スペイン艦隊を撃退すれば、元の世界に戻れる」
……え、課題提示早っ!
しかも内容、テスト範囲そのまんまじゃん!
昨日の授業で
「無敵艦隊」「ティルベリー演説」「スペインとの決戦」
ぜんぶやったばっかりなんだけど!?
混乱している私のもとへ、侍従が慌ただしく駆け寄ってきた。
「陛下、セシル卿がお待ちです。至急、謁見室へ」
セシル卿――
その名前を聞いた瞬間、頭の奥がふっと切り替わった。
忠実で冷静な宰相。
女王の側近として国政を支え続けた、最重要人物のひとり。
……と、ここまでが“エリザベスの記憶”。
(ごめん、私は知らない。世界史の教科書にも出てこなかった)
でも、体のどこかが理解している。
この人は「信じていい人」だ、と。
……なるほど。役に立つ記憶と、立たない記憶が混ざってる感じね。
とにかく今の私は、
“すごく偉い人を、はっきり知らないまま信頼している状態”らしい。
――こうして私は、
女子高生のまま、女王としての初仕事に引きずり出されることになった。
*
謁見室に足を踏み入れると、セシル卿が静かに一礼した。
「陛下。スペイン王フェリペ二世の動きについて、ご報告いたします。
彼は、かつて陛下に求婚を拒まれたことを、今なお屈辱として抱いております。その怨念を晴らすべく、艦隊を編成し、我が国へ侵攻する構えです」
その瞬間、頭の奥で“女王の記憶”が静かに補足してきた。
――宿敵。王配であった男。政治と宗教の名の下に、執念深く敵対する存在。
一方で、私は思わず首をかしげる。
「それって……いつの話?」
セシル卿は淡々と答えた。
「三十年前でございます。
フェリペ二世は、かつて陛下の姉、メアリー女王の夫でした。
未亡人となられた陛下に求婚しましたが、拒絶されております」
私は一瞬きょとんとしてから、目を見開いた。
「え、ちょっと待って。
姉の旦那からの求婚!? しかもそれを三十年引きずってるの!?
キモすぎでしょ!ストーカーかよ!」
セシル卿は眉一つ動かさず、事務的に続ける。
「フェリペ二世はその屈辱を忘れず、今や大艦隊を率いております。
ヨーロッパ諸国は、その規模に大きな恐れを抱いております」
(あー、はいはい。そういう“歴史に残る因縁”ね)
私は心の中でため息をついた。
――でもさ、史実では勝つんだよね。だったらもう結果出てるじゃん。
セシル卿の報告が一通り終わると、私は椅子にふんぞり返った。
「大丈夫よ。勝てるから。
とりあえず、戦争の準備、はじめちゃって!」
セシル卿は一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに冷静な口調に戻る。
「陛下。相手はスペイン王国。
ヨーロッパ随一の強国にして、その領土は広大。
アメリカ大陸からアジアに至るまでを支配し――
『太陽の沈まぬ国』と称されております」
私は思わず首をかしげた。
「え、それってウチのことじゃないの?
イングランドのキャッチコピーじゃないの?」
「残念ながら、スペインの異名でございます」
「えー!なんか悔しい!
じゃあここから奪っちゃえばいいじゃん!」
私の軽口に、セシル卿は静かに息をついた。
「……陛下の発想は、常識を大きく逸脱しております。
しかし――兵の士気という意味では、一定の効果も期待できましょう」
*
謁見室の空気は、さっきからずっと重く沈んでいた。
セシル卿の淡々とした報告に、兵士たちの表情もこわばっている。
その時――
バンッ!と、扉が勢いよく開いた。
「女王陛下!俺が来たからもう安心だ!」
大声と一緒に飛び込んできたのは、
髭面で、やたら陽気な男だった。
派手なマントを翻し、腰には剣、手には酒瓶。
――フランシス・ドレーク。
その名前を聞いた瞬間、また頭の奥が勝手に補完してくる。
イングランドの提督。女王公認の私掠船長。
“合法的な海賊”。世界一周まで成し遂げた危険人物。
(ドレーク。教科書に出てきた名前の中で、一番キャラ濃いやつ)
「スペイン艦隊?
もうカディスでガツンと叩いてやった!
奴らの船、何隻も燃やしてきたぜ!」
そう言って、酒を一口あおる。
私は思わず吹き出した。
「え、ちょっと待って。
いきなり“叩いてきた”って言うの、軽すぎない!?
しかも、あんた……ドレークすぎて笑うんだけど!」
ドレークは胸を張って、大きくうなずいた。
「そうだ!俺は女王公認の海賊王!
本業が海賊、副業が国家戦略ってやつだ!」
セシル卿が、静かに深いため息をつく。
「……副業が国家戦略になるとは。
この国の制度は、時折わたくしの理解を超えます」
だが、重臣たちの表情は少しずつ変わっていった。
重苦しかった空気が、波に押し流されるように、ゆっくりとゆるんでいく。
ドレークは酒瓶を振り回しながら、さらに吠える。
「陛下、俺がいればスペインなんざ怖くねえ!
海も財宝も、全部俺の庭だ!」
「いやもう、ドレークすぎて逆に安心するわ……」
私は半笑いで言った。
「教科書で読んだまんまの人が、本当に目の前にいる感じ」
「そうだろう?」
ドレークは得意げに笑う。
「俺は世界一周した男だ。
スペインの銀も金も、だいたい俺の船に積んできた!」
「だいたいって言った!?」
と突っ込みつつも、私は兵士たちを見回した。
みんな、さっきより明らかに顔つきが明るい。
「……でも、頼もしいのは事実よね。
あなたがいるだけで、みんなちょっと元気出てるし」
その言葉に、重臣たちが一斉に声を上げた。
「おおーっ!」
セシル卿は腕を組み、静かにうなずく。
「……陛下の軽口と、ドレーク殿の豪快さ。
常識を大きく外れておりますが――
士気に与える効果だけは、否定できませんな」
私はニヤリと笑った。
「でしょ?
勝つときって、だいたい最初に“勝った空気”になるんだよ」
こうして謁見室の空気は、
重苦しい張りつめたものから一転して、
戦いへ向かう、奇妙に明るい熱気へと変わっていった。
*
一方その頃――スペイン、エル・エスコリアル宮殿。
高い天井の広間で、フェリペ二世は玉座に深く腰掛け、
冷たい瞳で報告を受けていた。
「陛下。イングランドの女王は兵を集め、
戦の準備を着々と進めております」
フェリペは、ゆっくりと立ち上がった。
きしむ音とともに、拳が固く握られる。
「三十年前……あの女は、私の求婚を拒んだ。
しかも――私の妻であったメアリーの、妹だ」
声が低く、怒りを孕んで広間に響く。
「姉の夫からの求婚を拒むなど、
王家の誇りを踏みにじる行為!
その屈辱を、私は一日たりとも忘れたことはない!」
次第に声は熱を帯び、怒気がそのまま言葉になっていく。
「我がスペインは『太陽の沈まぬ国』!
新大陸の銀も、アジアの香辛料も、
すべて我が手の内にある!」
フェリペは両腕を広げ、叫んだ。
「神に選ばれし我が艦隊は、無敵である!
イングランドなど――
嵐に吹き飛ばされる前に、我が軍勢が粉砕してくれるわ!」
臣下たちは一斉に頭を垂れた。
誰ひとり、口を挟む者はいない。
フェリペの声には、
王としての誇りと、カトリックの守護者としての使命、
そして――
三十年分の、あまりにも個人的な執念が、
どろりと混じっていた。
*
ティルベリーの野営地。
兵士たちは不安げに集まり、重たい沈黙が地面に落ちていた。
スペイン艦隊の規模を聞かされ、誰もが顔を曇らせている。
私は馬に乗り、兵士たちの前へ進み出た。
「みんなー!聞いて!」
一斉に視線が集まる。
「不安なのはわかるけど、大丈夫!
勝利は――確定だから!」
兵士たちがざわめいた。
私は大きく胸を張る。
「だって相手は――そう、
『無敵艦隊』なんだから!」
その瞬間、どよめきが波のように広がった。
セシル卿が、すかさず眉をひそめる。
「陛下……敵を“無敵”と呼ぶのは、
士気の面で、いかがなものかと」
私は肩をすくめて笑った。
「だって、教科書でそう書いてあったんだもん。
無敵って呼ばれてるけど――史実では負けるんだから!」
一瞬、場が静まり返る。
私の胸の奥が、ほんのわずかにきゅっと縮んだ。
――もし、史実と違ったら?
――もし、本当に“無敵”だったら?
でも、私はすぐに顔を上げる。
「大丈夫。
だって私はもう、“勝った後”の未来を知ってるから」
その時――
ドレークが豪快に笑い、剣を大きく振り上げた。
「いいじゃねえか!
“無敵”を倒してこそ、伝説になるんだ!
俺たちが“無敵艦隊”をぶっ潰せば、
世界史の教科書に、でっかく名前が残るぞ!」
誰かが息を呑み、
次の瞬間、兵士たちが声を上げた。
「おおーっ!」
拍手が広がり、重たかった空気が一気に弾け飛ぶ。
私はその流れに乗って、さらに声を張り上げた。
「私は女王だけど、みんなと同じで戦う覚悟はある!
心臓は女王のもの、でもノリは女子高生!
だから言える――」
一拍、間を置く。
「勝利確定!はい、拍手〜!」
兵士たちは笑いながら拍手し、歓声が野営地を包んだ。
セシル卿は深く息をつき、
それでも静かに、うなずいた。
「……陛下の奇抜な言葉と、
ドレーク殿の豪快さ。
理屈はともかく――
士気に与える効果だけは、確かなようです」
私は馬上で小さく息を吐いた。
――よし。
空気は、完全につかんだ。
勝利の物語は、もうここから動き出している。
*
兵士たちの士気は、すでに十分に高まっていた。
ドレークは船団を率いて海へ出て、私は陣営で祈りを捧げる。
セシル卿は冷静に戦況を整理し、次々と指示を飛ばしていた。
やがて――
水平線の向こうに、影が現れる。
百隻を超える巨大な船団。
それが、ゆっくりとイングランド海峡へとなだれ込んできた。
まさに――「無敵艦隊」。
その圧倒的な数に、兵士たちは一瞬、息を呑んだ。
だが、次の瞬間、海の向こうからドレークの声が響いた。
「よし!火船を突っ込ませろ!
奴らの隊列を、根こそぎ乱してやれ!」
炎に包まれた船が、夜の海を切り裂いて突入する。
次の瞬間、スペイン艦隊の隊列が大きく乱れた。
そこへ、イングランドの砲撃が雨のように降り注ぐ。
私は、ぎゅっと手を握りしめた。
――そう。
ここまでは、全部、教科書に書いてあった通り。
そして。
空が、変わった。
遠くで雷鳴が響き、風向きが一気に狂う。
波は荒れ、暴風雨が艦隊を直撃した。
巨大なスペイン船は操舵を失い、
岩に打ちつけられ、次々と座礁していく。
「嵐だ――!」
誰かの叫び声に続いて、海が完全に混乱へと沈んだ。
それを見て、ドレークが腹の底から笑った。
「見たか!
“無敵艦隊”が、嵐に負けてる!
これで勝ちだ!俺たちの勝利だ!」
兵士たちは一斉に歓声を上げた。
不安と恐怖は、怒涛のような喜びに塗りつぶされていく。
セシル卿は、荒れる海をまっすぐに見つめ、
静かに、しかし確かな声で言った。
「……歴史に残る勝利です。
陛下のお言葉の通り、“無敵”は倒されました」
私は、馬上で拳を高く突き上げた。
「勝利確定!はい、拍手〜!」
次の瞬間、野営地全体が大きな拍手と歓声に包まれた。
夜空の嵐の音に負けないほどの、熱い音が、そこにあった。
*
その後――スペイン、エル・エスコリアル宮殿。
フェリペ二世は報告を受けた瞬間、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「何だと……!?
我が艦隊が、嵐に散っただと!?
三十年の屈辱を晴らすための軍勢が、
自然の力に――敗れるというのか!」
広間に、怒号が反響する。
臣下たちは一斉に頭を垂れ、誰ひとり言葉を発しなかった。
フェリペは荒々しく玉座に歩み寄り、
拳を強く叩きつける。
「我が偉大なる大艦隊が……敗れた、だと……!?
あの女の――あの女の嘲笑が、
また朕を追い詰めるというのか!」
その声は、石造りの広間に虚しく反響し、
やがて、深い静寂に飲み込まれていった。
私は、そっと目を閉じた。
――課題クリア。
スペイン艦隊、撃退完了。
次に目を開けると、そこは見慣れた教室だった。
机の上には、開きっぱなしの世界史の教科書。
「無敵艦隊」「ティルベリー演説」
その二つの言葉が、太字で並んでいる。
私は思わず吹き出した。
「ちょっと待って……
“無敵艦隊”って、私があの場で言ったやつじゃん。
完全に私のネーミング、歴史に刻まれてるんだけど」
教室のざわめきが、遠くで聞こえる。
私は教科書を指でとん、と叩いた。
「……まあいいか。
勝ったし」
その瞬間、後ろの席から声が飛んできた。
「おい、世界史のテスト範囲、そこなー」
私は小さくガッツポーズをした。
「はい。満点確定」
