「整理整頓」されたクラスに騙されるな。
放課後、自分が担任する教室をみてガク然とすることはないだろうか。
イスが出しっぱなし。
机の向きはガチャガチャ。
先ほど配ったお手紙が床に落ちている。
『日直(あるいは週直班)は、全然仕事をしてないじゃないか…』
担任がひとり、教室の掃除とイス机の整理整頓をする。
『何で私がやらなくちゃいけないんだ(怒り)』
そんなふうに、思ったことはないだろうか。
そして、掃除後に追い討ちをかけるのは、隣の教室の状態である。
完璧に掃除が行き届き、イス机が整然と並べられているのを見てしまったときだ!
『ああ。なんて、立派な学級経営なんだろう。』
『自分も、もっとキッチリと子どもたちに指導をしなければ…』
そう、思ってしまうことはありませんでしたか?
かつて、20代の頃の私にはありました。
しかし! この思考…”大間違い”です‼️
えー!
でも、環境は人を作ると言うじゃないか。
それに、キチンと担任の指導が行き渡っているのは素晴らしいことじゃないのか。
そうおっしゃりたい気持ち、わかります。
かつて私も、同様に思っていました。
そして、次の日からせっせとルールを作り、強化した指導を展開したことが何度もありました。
ただ、何度でも言います。
その思考は、間違っています‼️
強い指導には、とんでもない「副作用」が生じる。
映画、スターウォーズEP4(公開が一番古いやつ)
に、こんなセリフがあります。
「押さえつければ、押さえつけるほど、反発は大きくなるのですよ。」
(帝国軍に囚われたレイヤ姫が、悪の化身ベーダー卿を前に、言い放ったセリフです)
学校でも、レイヤ姫の指摘は現実になります。
担任がクラスの子どもに、自分のこだわりを強要したり、強い指導をくり出したりしたとき、
子どもたちからは、不満がムンクの叫びのように漏れ出るのです。
(ただし、不幸なことに、その不満の声はいきなり担任には向けられません。ジワリジワリと仲間うちで蓄積・増強されます。そしてある日、川の堤防が決壊し、おびただしい水流が街を襲うように、学級全体に目に見える”荒れやトラブル”として顕在化することがあるのです)
なぜか?
問題は、クラスの子どもがやらされている状況にあると考えます。
放課後の教室を、キレイに整えることを”子どもたちが望んでいる”ならば問題はありません。
しかし、実際のところ、教室のイス机がキレイに並べられているかとか、ゴミが落ちていないかとかを、気にしている子どもは、圧倒的少数派ではないでしょうか。
自分たちが帰った後の、部屋のキレイさなどどうでもいいのです。
(朝、登校した時も床のゴミよりも、友達との会話に注目がいくはずです)
では、なぜ「担任」は子どもが下校した後の教室をキレイにしたがるのか?
私の答えは、シンプルです。
▷日直の教員に、どう思われるかを気にしているのです!
(あるいは、同じ学年の同僚や主任、管理職からの評価です)
今の、私の考え。
ズバリそれは、
子どもたちが大して気にしていないなら、放っておく!です。
日直とか同僚から、どう見られようがどう思われようがどうでもよい、と思うようにしています。
学級の中心は、その学級の子どもたちであるからです。
彼らが気にしていないなら、構わないのです。
もしも、担任の判断軸が、同僚教員からの評価や、自意識過剰なプライドのようなもので構成されていたら、その学級の子どもたちはウンザリするでしょう。
教室が汚れていようが、とっ散らかっていようが構いません。
(もちろん、汚い方がいいとは言いません。ただ、優先順位の1番にはなり得ない!という意味です)
担任が子どもたちを信頼し、自治を委ねてくれる担任の運営の方が圧倒的にクラスは心理的安全性が確保された、あたたかい雰囲気になると思っていますし、現状そのように、運営をしています。
これがタイトルの「整理整頓」されたクラスに騙されるな。という、趣旨です。
どうか、常識や思い込みを一旦捨てて、考え直してみてください(^^)
今日の投稿が、皆様のお役に立ったら嬉しいです🍊
