学ぶことで、人生の解像度が上がる
GWに、熊本の 高森殿の杉 へ行ってきました。
昔の私だったら、きっと「杉を見に行く」という発想はなかったと思います。
というのも、私にとって“杉”は、花粉のイメージが強い存在でした。
春に車を走らせていて杉林が見えると、反射的に鼻がムズムズするような感覚があるくらいで。
でも、アロマを学び始めて、和精油の香りに触れるようになってから、その印象が少しずつ変わっていきました。
杉の香りに癒される。
檜の香りにほっとする。
そうやって“香り”として木と出会ったことで、山の景色の見え方まで変わっていきました。
車窓から見える木々を見て、
「あれは杉かな、檜かな」
と気になるようになり、山ばかり見てしまいます。
そして今回、ずっといきたかった『高森殿の杉』へ。
面白かったのが、近くまで行っても、
「あ、これがそうなんだ!?」
と、一瞬気づかないような場所にあることでした。
でも、一歩足を踏み入れると、空気が変わるんです。


澄んでいて、静かで、でもただ静かなだけじゃなくて、そこで響く音や空気の反射の仕方まで違って感じる。
まるで、その場所だけ少し異世界のような感覚でした。
ただ大きな杉の木を見るというより、その空間全体を身体で感じていた、という感覚に近いかもしれません。
落ちている杉の葉を手に取って香りを確かめたり、ただそこに立って深呼吸をしたくなったり。

よく子どもから、
「なんで勉強しないといけないの?」
と聞かれて、いつも答えに困っていました。
確かに、学校の勉強って、
「やらなきゃいけないもの」になってしまうと、面白さを感じにくいこともあります。
でも、本来の“学ぶ”って、もっと自由なものなのかもしれません。
資格を取るとか、知識を増やすとか、難しいことをするというより、
「なんでだろう?」
「これは何なんだろう?」
そんなふうに、目の前のものに少し興味を持つこと。
テレビの 博士ちゃん に出てくる子どもたちみたいに、
植物でも、歴史でも、建物でも、石でも虫でも。
何かが心に引っかかったら、調べてみる。
すると、それまでただ通り過ぎていた景色に、急に奥行きが生まれることがあります。
今まで見えていた世界にも、
いろんな背景があって、
いろんな視点があって、
知らなかった物語がたくさん隠れていたことに気づく。
そうして学ぶことで、人生の解像度が少しずつ上がっていく。
与えられるエンターテイメントだけが“楽しいもの”なんじゃなくて、本当は、身の回りの景色や自然、歴史や人との会話の中にも、面白さや感動は、ずっと前から存在しているんだなと感じます。
私自身も、もっともっと、その面白さや感動に気づいていきたいですし、私が楽しむことで、子どもにも「学ぶって面白いんだな」と、自然に伝えていけたらいいなと思っています。
