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【ヨーガの教え⑤】アシュタンガヨガ『カラダのヨガ』の先にあるもの

アーサナ

アーサナとは快適で、安定感のある姿勢を言う1つの形を完全にこなすことができたら、それで充分である。しかし、ある1つの姿勢をとると、すぐにここが窮屈だとか、あそこが痛いだとか言って、あちこち動かさずにはいられない。いつも足や腕や腰や背骨のことが気になって仕方がない。体が完全に健康で毒や緊張から自由でないと快適な姿勢と言うのは容易には得られない。体のそして心の毒がこわばりや緊張を生む。

人々は静かに座ろうと試みたが、それができないことがわかった。彼らは苦痛やこわばりや胆汁やガスなどに遭遇して考えた。なぜこういうものがあるのかまたどうしたらそれらを取り除くことができるのか、彼らはそれが悪い食べ物を間違った時間に量を誤って食べるせいだと知った。彼らは肉や魚や卵、刺激物やスパイスの多様を避けるヨガの食事法を確立した。

次の問題は既に体の中に溜まってしまっている毒をどうするかだった。それは体を洗い、あらゆる方向に圧迫することで取り除くことができると言う結論に達した。

心と言うものはいつも考えている
映画に行く時間だ。さぁ、起きなくちゃ。とか、お腹がすいた。何か食べなくちゃとか。しかしそこで私は3時間動かないぞと決める。そうすると心は結局我々に従わざるを得ない。

1日の一定の時間に一定の量を食べると言うように自分で制限する。またはスターラシティーは私は1年間このアパートから動かないとか。私は半年間はマンハッタンから出ないと言うような誓いを立てて、自分の行動を制限する。

ヒンドゥの婚姻制度は、一旦生涯のの伴侶と決めたならば、妻となった人は夫にとって女神であり、夫は妻にとって神である。どちらか一方が先に死んだら、残されたものは寄捨人として、その人の思い出と共に生きて二度と結婚をしない。
夫が飲んだくれでも悪党でも、妻は、彼は私の主神がこの人を私に与えられたのだ。彼がどのような人であっても、私はそれを受け入れようと言うのである。
それは大いなる苦行である。そのようにして、数多くの夫人たちが、彼女ら自身の主への信仰によって、罪深い夫たちを真の賢者へと変貌させてきたのである。

姿勢が堅固で、快適になると、あなたは人間的なものの影響を受けなくなる。寒い暑い損失に左右されない。あなたは中立なのである。褒められても消されても100ドルを失っても得ても、あなたは中立である。ただの姿勢でそれだけで人間性を超えることができるのだ。それは心が制御下にあるからだ。

プラナヤマ

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