極北民族の自然観・宗教観:極北民族のイヨマンテと我々日本人の送り火との類似性
(はじめに)
私は、現代の日本と世界の環境問題を考えるうえで、極北民族に共通するイヨマンテなどの儀式が大きなヒントになると考えています。そこで、例えばアイヌのイヨマンテの儀式などを調べていくうちに、我々日本人がお盆に先祖の霊を送るとき送り火をしますが、この送り火は縄文人のイヨマンテの儀式につながると考えられことに気が付きました。皆さんは、どう思われるでしょうか?
極北民族
極北民族とは、北極周辺にいる民族のことです。日本の北方にいるアイヌ人やギリヤーク人、オロチョン人、アジア大陸北東端のチュコト半島を中心にいるチュクチ人、アリューシャン列島にいるアリュート人、アラスカやカナダ、グリーンランドにいるイヌイット(エスキモー)、その南にいるカナダインディアンなどが入ります。これらの極北民族には共通する自然観や宗教観があります。その宗教観に共通して、特徴的なイヨマンテの儀式があります。
イヨマンテの儀式
イヨマンテとは、熊や、鮭などの生き物をとりこれを殺して食糧とする際の考え方から生れてきています。人類が生きていくためには動物や植物、つまり生き物を殺して食べることが必要です。もしこれらの動物や魚がいなくなってしまったら、人々は飢えて死んでしまいます。また、自分達が食べる以上に沢山獲ってしまっては、次から飢えが襲ってくることになってしまいます。必要以上には獲らない、雌や子供は殺さないなどの、知恵がタブーという形で出来上ります。こういうタブーや考えを守れば、来年もまた熊や鮭が村にやって来てくれます。大きくなった熊を、自分達が食べる頭数だけしか獲らない。殺した熊は、丁重に儀式を行いあの世に送って、来年もきっと別の熊になって蘇るようにと祈るのです。ここに、熊送りなどのイヨマンテの意味があります。
アイヌ、チュクチ、カナダインディアンのイヨマンテ
たとえば、アイヌの人々が、狩ってきた熊を祭壇に置き、その前に幣やお酒をお供えします。その前でお祈りをささげた後、火を焚き、煙を空に送ります。そうやって、熊の魂を天に送り届けます。天の神様に、熊を使いとして我々に肉を運んでくれたことに感謝し、来世も熊としてよみがえって、また我々の所に来てくれるように祈ります。これがイヨマンテ(熊送り)です。
またチュクチのお祖母さんは必ずトナカイの骨を、野原で焼いて煙が天国に登るのを見届けないと気が済まないというのをNHKの特集で見たことがあります。
カナダインディアンの本を読んでいた時にも、次のような記事に出会いました。カナダインディアンのお祖母さんが、昔と違って娘夫婦と都市に住んでいても、魚の骨などをごみ箱には捨てずに、残しておき丁重に儀式をしない間は、絶対に捨てたりしないので、娘がごみが片付かなくて困ると言っていたという記事を読んだことがあります。
これらは極北民族にかつて広範囲に存在した宗教観に根差すものです。自分達は自然の一部であり、自然と調和して生きていく存在です。他の動物や植物も一緒に生きていかねばならない。彼等が滅亡するときは人間も滅亡するときです。この自然観や宗教観を、現代人は忘れてしまっているのだと思います。
(終わりに)
ここで大変興味深いことに気が付きます。それは、アイヌのイヨマンテは縄文人から現代の日本人にも伝わっていると考えられるからです。現在、我々日本人は、お盆のときに迎え火や送り火を焚き、祖先の霊を送迎しますね。これは、おそらく縄文人の宗教観の名残なのだと思います。なぜなら、世界中の仏教徒で迎え火や送り火の習慣は、日本以外にないからです。この風習から、私たちは、縄文人の末裔だと断定できますね!
令和7年(2025年)10月31日随筆
*なお、冒頭の絵は、下記のURLのWikipediaから引用させていただきました。
絵の説明:祭壇に魂と分離した熊の肉体を安置し、酒やイナウを捧げ丁重に祈る。この後、神霊の宿る熊の頭骨をヌササン(幣場)に掲げて盛大にイナウを捧げる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%86 最終更新 2025年10月13日 (月) 02:32
