随筆といふもの-美術館に行きたい-
最近、美術館に行きたい。
うら若き血気盛んな時分には、よく通っていたのだけれど、ここ数年足が遠退いてしまっている。
別に美術品や絵画や彫刻に詳しいわけでも、特別興味があるわけでもない。
でもあの頃の私はたしかに、美術館が好きだった。
最初のきっかけは職場の先輩だった。
「センスって、どうやって磨くんですか?」
学生気分の抜けない新卒丸出し人間の、他愛もない質問だ。
そんな私のどうしようもなく曖昧で正解のない質問に先輩はかなり明確に答えてくれた。
"美術館に行きなさい"
美術館には何十年何百年と、世界中の人たちから"美しい"と評価され続けている作品がある。
たとえアナタの好みじゃなくても、何が"美しい"のか解らなくても、世界中からそう評価され続けてるってことは、その作品たちには"美しい"と感じさせる仕組みが隠れているんだよ。
そういう"美しい仕組み"にずっと触れ続けること。
解らなくてもいいし、共感できなくてもいい。
でも触れ続けていることで、なんとなく、"美しい"を感じとる事が出来るようになる。
そういう感性を育むことが、「センスを磨く」ということ。
仕組みを理論的に勉強しないといけない訳じゃないよ。感じ取れればそれでいいんだよ。
目から鱗どころか、目ん玉が全部こぼれ落ちてしまうかと思った。
こんな質問に、こうもハッキリと答えられる人がいるとは。
その言葉が正しいかそうじゃないかは別として、非常に感銘を受けたのだった。
それから私は色んな美術館に行き、色々なものを見るようになった。
絵画、彫刻、写真、歴史遺産などなど。
総じて思うのはいつも、へぇー、なんとなく素敵やん。というバカみたいな感想。
それでも私は美術品を見てまわる時間をとても楽しく過ごしていた。
見たこともない様なキテレツなオブジェ。
何を見て描いたらそうなるんだと思うような油絵。
怪しく光る金ピカの装飾品。
どれもが私の理解を超え、それでも人の心を掴んで離さない魅力に満ちた作品たちにいつしか心と時間を奪われていた。
はじめは美術館へ行くのが少し恥ずかしかった。
キャラじゃないなとか、無知な自分にはハードル高いなとか。
それを乗り越えられたのは、もう覚悟を決めて『思い切り気取ってやろう』という気持ちで行ったからだ。
服装はいつもよりシックに、落ち着いた色のスラックスに革靴なんて履いちゃって。
鞄は小さめにして、伊達メガネなんて掛けてみようかな。
まだ少し暑いけど、ジャケット着ていこう。
いつもと全く違う、自分の思う『美術館に通う人』を思い切り気取ってみた。
これが不思議な事に、なんとなく気分が上がるのである。
『美術館に通ってる自分かっけぇー!って自惚れてるだけじゃん』
その通りである。
さして興味も無かった美術館に、自分かっけぇー!って気持ちで行くのだ。
不純でしょう?
でもいいの。
本当の目的はどんな形であれ、"美しいものに触れ続ける"ことだから。
事実、私はそのおかげで本当にたくさんの美術品を見させてもらった。
エジプト展、モネ展、ゴッホやフェルメール、登山家の活動写真、ガリレオの展示や現代アート展。
自惚れることで、たくさんの貴重な作品に触れることができた。
とても嬉しい。楽しい。
私にとってあの頃の、あの美術館で過ごした時間は、いまも変わらず掛け替えのない大切な体験だ。
また、美術館に行きたい。
