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「撫子さんと学ぶ 会計事務所の仕事」 新規顧問先担当編⑦

第七章 三つの会計ソフト、四つの選択肢

「自分で帳簿も決算書も、ちゃんと読めるようになりたいんです。だから――自分でつけたい。ご指導、お願いします!」
加奈子さんの声は震えていたが、目だけはまっすぐだった。

「もちろんですわ!」
みつ子さんが勢いよく立ち上がった。
「この絹延橋みつ子が、金澤金属にふさわしい会計ソフトを選んで差し上げます。いわば経理界の三国志――最後に天下を取る一社を、本日ここで決めますわよ!」
いや、三社を比較するだけである。
しかも天下を取るのではなく、金澤金属で使うソフトを一つ選ぶだけだ。

撫子さんが苦笑しながら、テーブルの上を片づけた。
「勝ち負けを決めるわけではないわ。会社によって、合うソフトが違うの。今日は三社を比べてみましょうか」

加奈子さんがノートを開く。
「三つ、ですか?」
「弥生会計、マネーフォワード クラウド会計、freee会計ですわ」
「三つですね」
「ただし、弥生会計はデスクトップ版とクラウド版のNextを別々に比べます。三社、四候補ですわ!」
「パソコンは三台なのに、候補は四つなんですね……」

みつ子さんは三台のノートパソコンを、テーブルへ次々に並べた。

「三台も持ってきたんですか!?」
「比較とは、同じ条件で行うものですの」
どこから取り出したのだろう。いや、それ以前に、ピンクのフィアット500――セバスチャンの積載量を少し見直す必要がありそうだ。

「では最初に、弥生会計のデスクトップ版ですわ!」
みつ子さんが一台目の画面を開いた。表示された振替伝票へ日付、勘定科目、金額を入れると、指がほとんど迷わず次の欄へ進んでいく。
「速い……」
加奈子さんが目を丸くした。

「帳簿、伝票、仕訳日記帳の形で入力できますし、テンキーとショートカットを使えば、大量の仕訳も軽快に処理できますの。製造原価科目、部門管理、固定資産、決算書、消費税申告書まで、会計実務に必要な機能がよく練られていますわ」
「クラウド全盛の時代に、ローカルへインストールするソフトを華麗に操る――。これぞ伝統と革新の融合ですわね!」
いや、いま自分で伝統と言った。

撫子さんが画面を見ながら付け加える。
「銀行明細や取り込んだ証憑から仕訳を作る機能もあるから、“デスクトップ版は全部手入力”というわけではないわ。長年使われてきた製品だから、会計事務所側に操作経験が蓄積されていることも多いわね」
「では、これが一番いいんですか?」
「有力な候補よ。それに、デスクトップ版でも、弥生ドライブを使えば会計事務所とデータを共有できるわ。USBやメールで受け渡さなくても、同じ事業所データを会社と私たちが開いて、確認や修正をできるの」

「ただし、会社と会計事務所が同時に開くことはできませんわ。どちらかが使用中なら、もう一方は待つ必要があります。それに、利用にはあんしん保守サポートへの加入と、最初の共有設定が必要ですの」
みつ子さんは、画面の隅を指した。
「スタンダードやプロフェッショナルなら事業所データを直接共有できますが、プロフェッショナル2ユーザーやネットワークは扱いが異なります。その場合は、バックアップファイルを弥生ドライブで受け渡す方法などを選びますわ」
「複数人で同時に使うなら、対応する上位製品やネットワーク環境も検討が必要ということね。年度ごとの更新や、使う端末の管理も会社側のお仕事になるわ」

加奈子さんが、机の隅にあるノートパソコンを見た。
「このパソコンが壊れたら、帳簿も見られなくなるんですね」
「パソコンの中だけに保存していたらね。弥生ドライブに置いておけば、端末が故障してもデータはクラウド側に残るわ。ただ、それで何も考えなくてよくなるわけではない。誰が入力し、いつ会計事務所に確認を頼み、使用中のデータを誰が閉じるのか。そこまで決めて初めて運用になるの」

俺はノートに書いた。
――弥生会計・デスクトップ版。
利用者側の長所は、帳簿や伝票の形が分かりやすく、大量入力が速いこと。製造業の会計や決算に必要な機能も充実し、弥生ドライブを使えばデータの保管と会計事務所との共有もできる。短所は、インストール、更新、利用端末の管理が必要で、共有設定や対応製品の確認も欠かせないこと。離れた相手との同時利用はできない。

税理士側の長所は、使い慣れた担当者が多く、仕訳の点検や決算処理を進めやすいこと。弥生ドライブなら、ファイルを往復させず同じ事業所データを確認・修正できる。短所は、会社側と同時には開けないため、入力と確認の時間を調整する必要があること。製品の種類によっては、事業所データの直接共有ではなくバックアップファイルの受け渡しになる。

「続いて、クラウド版の弥生会計 Nextですわ」
みつ子さんが同じパソコンのブラウザへ切り替えた。
「同じ一台に二人の弥生……。一つの玉座を巡る、もう一つの戦いが始まりますわね」
だから戦わせなくていい。

加奈子さんは画面をのぞき込んだ。
「こちらは見た目が、すっきりしていますね」
「ブラウザで使うからインストールは不要。会計、請求書、経費精算をまとめて始められます。銀行明細やカード明細の取り込み、証憑の読み取り、製造原価報告書にも対応していますわ」
「データがクラウドにあるので、場所を変えても同じデータを見やすい。端末ごとに会計データを持ち運ぶ必要もないわね」

「私みたいな初心者には向いていますか?」
「候補になるわ」撫子さんが答えた。「画面の案内に沿って始めやすいし、分からないときの相談先もある。ただし、デスクトップ版とNextは、同じ弥生でも操作や運用が同じではないの」
「同じ名字でも、別人ということですわ」
みつ子さんが神妙にうなずいた。
いや、製品名の話だ。
「会計事務所がデスクトップ版に慣れていても、Nextでの共有やチェック方法は改めて整える必要がある。利用人数や必要な機能によってプランも確認しないといけないわ」

俺は二行目を書いた。
――弥生会計 Next。
利用者側の長所は、インストール不要で、画面の案内に沿って始めやすく、請求や経費を含めてクラウド上で扱えること。短所は、従来の弥生会計とは操作が異なり、必要な機能と利用人数に合うプランを確認する必要があること。

税理士側の長所は、顧問先と場所を問わずデータを確認しやすく、申告ソフトへつなぐ手段もあること。短所は、事務所がデスクトップ版中心なら、Nextに合わせた新しい運用と担当者教育が必要になること。

「二番手は、マネーフォワード クラウド会計ですわ!」
二台目の画面が開く。
「銀行口座やクレジットカードとのデータ連携が得意です。明細を取り込んで、過去の登録内容から仕訳候補を出してくれますの」

加奈子さんの目が少し明るくなった。
「じゃあ、通帳を見ながら一件ずつ入力しなくていいんですね」
「候補を作るところまでは、です」
撫子さんが、やさしく念を押した。
「自動で取り込まれた明細が、自動で正しい帳簿になるわけではないの。勘定科目、消費税区分、取引先、二重登録がないか。最後は人が確認する必要があるわ」

「自動仕訳とは、自動で責任まで引き受けてくれる仕訳ではありませんのよ」
「なんだか急に重い言葉ですね……」
「会計とは、そういうものですわ」
さっきまで三国志と言っていた人と同一人物とは思えない。

みつ子さんは、給与、勤怠、請求書、経費精算の画面を順に見せた。
「同じシリーズのサービスを組み合わせれば、給与や経費のデータを会計へ流せます。金澤金属のように、これからバックオフィス全体を整えたい会社とは相性がいいですわね」

「税理士事務所からも見られるんですか?」
「公認メンバーの事務所なら専用画面から閲覧・操作できますし、そうでなくてもメンバーとして招待できます。仕訳帳や元帳をCSVやPDFで渡す方法もありますわ」
「それは、こちらとしても確認しやすいわね」撫子さんが言った。「製造原価科目を使う設定にすれば、製造原価報告書も作れる。材料費、工場の人件費、製造経費を分けて見たい金澤金属には大切なところよ」

加奈子さんはうなずきながら、画面を触っている。
「でも、機能が多いですね。会計、給与、勤怠、経費、請求書……」
「そこが短所にもなりますの」
みつ子さんが指を立てた。
「全部を一度に入れれば、設定するものも、覚えるものも増えます。料金も、使うサービスやプラン、人数で変わりますわ。最初から完全武装すると、経理担当者が装備の重さで動けなくなりますのよ」
完全武装を勧めそうな本人が言うと、妙に説得力がある。

俺は二つ目の欄へ書き込んだ。
――マネーフォワード クラウド会計。
利用者側の長所は、銀行やカードとの連携が強く、給与、勤怠、請求書、経費精算へ広げやすいこと。短所は、サービスと設定が増えるほど全体を理解する負担と費用が増えること。
税理士側の長所は、顧問先とデータを共有しやすく、一般的な仕訳帳や元帳の感覚で確認でき、製造原価も扱えること。短所は、顧問先が仕訳候補を確認せず登録すると、もっともらしい誤りが大量にできること。それから、金融機関との連携が切れていないか定期的な確認も必要になる。

「そして三番手――freee会計!」
みつ子さんが三台目のパソコンを開き、なぜか一歩下がった。
「加奈子さん。こちらではまず、この材料代の支払いを登録してみてくださいな」

「えっ、私がですか?」
画面には、収入、支出といった言葉が並んでいる。加奈子さんは案内に従って支出を選び、取引先と金額を入力した。
「借方と貸方を入れなくても、登録できました」

「freeeは、仕訳伝票より先に“取引”を登録する考え方が強いの」
撫子さんが説明した。
「銀行やカードの明細を取り込めるし、領収書を読み取って登録することもできる。簿記を知らない人でも、実際のお金の動きから入力しやすい設計ね」
「これなら私でもできそうです」
「利用者目線では、そこが大きな長所ですわ。請求や経費精算と組み合わせることもできますし、税理士を招待すれば同じデータを見られます。取引や証憑ごとにコメントを残して質問もできますの」

「では、欠点は?」
俺が尋ねると、みつ子さんは待っていましたとばかりに縦ロールを払った。
「簿記を知らなくても始めやすいことと、簿記を知らないままでよいことは、別ですわ!」
プレハブ事務所に声が響いた。
工場の方で、何か金属が落ちる音がした。たぶん偶然だ。

「登録を間違えたとき、売掛金や買掛金が合わないとき、決算で修正するときには、結局、取引の裏でどんな仕訳ができたかを理解する必要があります。それに、従来の振替伝票や仕訳日記帳に慣れた人は、考え方の違いに戸惑うことがありますの」
撫子さんが続ける。
「税理士側も、freeeの操作や取引登録の考え方に慣れていれば、リアルタイムで確認してコメントできる。でも、事務所が従来型の会計ソフトだけに慣れている場合は、担当者の教育が必要になるわね」

「製造原価報告書は作れますか?」
「法人の製造業向け機能を有効にすれば作れますわ。ただ、どのソフトでも、設定を入れただけで製品別の原価が魔法のように分かるわけではありません。材料費、労務費、製造経費をどう集めるかは、会社側で決める必要がありますの」

俺は三つ目の欄を埋めた。
――freee会計。
利用者側の長所は、簿記の言葉に不慣れでも、実際の取引から入力を始めやすいこと。銀行、カード、証憑、請求、経費をつなぎやすいこと。短所は、独自の操作思想に慣れる必要があり、複雑な修正では裏側の仕訳を理解しなければならないこと。
税理士側の長所は、顧問先とリアルタイムに共有し、取引や証憑単位でやり取りできること。短所は、従来型ソフトとは確認の流れが違い、事務所側にもfreeeを扱える人が必要になること。

テーブルの上に、三台のパソコンが並んでいた。
「結局、どれが一番いいんでしょう」
加奈子さんが困ったように尋ねる。

「その質問が、もっとも危険ですわ」
みつ子さんが腕を組んだ。
「会計ソフト比較の記事は、すぐに王冠を載せたがります。でも、会社の経理に万能の王様などおりませんの!」
三国志を始めた本人が、最後に王政を否定した。

撫子さんは笑いをこらえるように口元へ手を添え、それから加奈子さんのノートを指した。
「金澤金属さんの条件を、もう一度並べましょう。加奈子さんは会計が初めて。入力するのは、当面は加奈子さん一人。銀行やカードの入力は減らしたい。将来は給与や経費精算もつなぎたい。製造原価を見たい。そして、私たちと同じデータをなるべく早く共有したい」
「はい」
「それから、最初の数か月は私たちが毎月一緒に確認する」

「デスクトップ版の弥生会計なら、入力の速さと決算機能は申し分ありませんわ」
みつ子さんが、最初の画面をもう一度開いた。
「金澤さんが一人で入力し、弥生ドライブ上のデータを私たちと交代で確認するなら、十分に有力です。ファイルを毎月送り直す必要もありません。むしろ仕訳件数が増えれば、この操作性が恋しくなる日も来るでしょう」
「ただ、弥生ドライブでは、加奈子さんの入力中に私たちが同時に開いて確認することはできない。今の金澤金属さんは、月末まで待たず、入力の途中でも私たちがすぐ状況を見て、早めに間違いを直せる方が安心ね」
撫子さんの言葉に、加奈子さんがうなずいた。

「でしたら――」
みつ子さんが、マネーフォワードの画面を手前へ引いた。
「今回は、マネーフォワード クラウド会計を第一候補にいたしましょう。銀行連携から始めて、仕訳帳の形で一緒に確認しやすい。製造原価も扱える。給与や経費は、必要になった順に追加しますわ」
「全部、最初から入れないんですか?」

「入れません」
撫子さんが答えた。
「最初は会計と銀行連携だけ。入力と確認の流れが落ち着いてから、給与や請求へ広げましょう。仕組みは、一度に大きく変えるほど失敗しやすいから」

加奈子さんは、三社四候補の画面を順に見た。
「freeeが一番簡単そうに見えました。でも、私は決算書を読めるようになりたいです。だったら、仕訳の形も少しずつ覚えたい。マネーフォワードでやってみます」
その声は、さっきより少しだけ落ち着いていた。
自分で比べて、自分で選んだからだろう。

「決まりですわね!」
みつ子さんが高らかに宣言し、三台のパソコンを一気に閉じた。
「では直ちに、金澤金属経理近代化計画・第一段階を開始しますわ!」
「名前が重すぎません?」
「雅之くんは、開始残高の復元担当です」
「仕事まで急に重い!」
撫子さんが、くすくす笑っている。

加奈子さんも一瞬きょとんとしたあと、小さく吹き出した。
工場の事務所に、初めて笑い声が重なった。

ソフトは決まった。
けれど、まっさらな会計データへ最初に入れるべき数字――前期末の残高は、まだどこにもない。
部屋の隅には、「昔の書類」と書かれた段ボール箱が積まれている。

みつ子さんが、その箱を見て微笑んだ。
「次は、失われた貸借対照表の発掘ですわね」
いや、今度は考古学が始まるらしい。

第八章につづく・・・


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