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「撫子さんと学ぶ 会計事務所の仕事」 新規顧問先担当編⑤

第五章 顧問先の業態を予習する②

海沿いの道路を、ピンクのフィアット500――愛称・セバスチャン――が軽やかに駆け抜けていた。
潮風が車体を撫で、エンジン音がリズムを刻む。助手席では撫子さんが、日差しに目を細めながら資料をめくり、運転席のみつ子さんはサングラス越しにご機嫌な笑みを浮かべている。
俺は後部座席でノートを膝に広げ、ふたりの会話を一言も逃すまいと耳を傾けていた。

車内にはエンジン音とともに、心地よい知的なリズムが流れていた。


◆業態に応じた帳簿チェックポイント① 売上関連

「製造板金業の帳簿をチェックする場合、どんなところに注目すればいいんですか?」
俺が尋ねると、撫子さんは前を見据えたまま答えた。

「まずは“売上関連”ね。さっきも言ったけれど、製造板金業はほとんどがBtoB取引。つまり、取引条件は掛け売りが基本で、入金は銀行振込が多いわ。」

「なるほど。会社の口座に入金されるなら、売上の漏れも入金時点で気づけそうですね。あとは期末の未入金分に注意すれば……」

「基本はそう。でもね――」
撫子さんの声が、少しだけ低くなる。
「うっかりじゃなく、“確信犯”で売上を抜くケースもあるのよ。個人口座や、税理士に報告していない口座に振り込ませて、売上を隠す。そういうパターンね。」

「請求書の振込先が個人名義の口座になっている会社なんて、怪しさ満点ですわ!」
ハンドルを握りながら、みつ子さんが鼻で笑う。
「そんな会社とは、できればお付き合いしたくありませんわね。」

「上場会社だったら、確かにそう言えるでしょうね。」
撫子さんがやんわりと笑う。
「でも中小企業の中には、そういうことをあまり気にしない会社もあるの。」

「でも銀行口座なんて、税務署からは丸見えですのよ? そんな稚拙な方法で売上を隠しても、すぐにバレますわ!」

「それが、意外と“分かっていない人”も多いのよ。」
撫子さんは静かに言う。
「もし見つけたら、丁寧に説明して改善してもらうしかないわね。」

「そんな低レベルな指導、私はご免ですわ!」
みつ子さんがハンドルを軽く叩く。
「私に裁量があったら、そんな顧問先は即・契約解除ですのに。」

撫子さんが苦笑を浮かべる。
「でもね、そういう“トホホ案件”があるのも中小企業の現実。改善してくれないなら、最終的には契約解除も検討するしかないわ。」


「ところで……そういう“隠し口座”とか、売上の抜けってどうやって気づくんですか?」
俺が尋ねると、撫子さんが頬に指を当てて少し考えた。

「税務署みたいに全部の口座を見られるわけじゃない。でも、たとえば――運送業者の送り状に“売上帳にない会社”宛の出荷があれば怪しいわ。
外注先の請求書に、帳簿にない作業先が書かれてるのも同じ。原価率が急に変動してたら、それもサインね。」

「まるで推理ゲームですね。」
「そういうこと。」
撫子さんが小さく笑う。

「顧問料を払ってまで税理士に隠し事して、税務調査が来ないかビクビクして生きるなんて……マゾヒストか馬鹿ですわね。」
みつ子さんが毒を吐くが、どこか達観したような口調だった。

「まぁ、税理士との信頼関係が薄いと、そういうことも起こるのかもね。」
撫子さんが言う。
「経営者にもいろんな人がいるけど、“納税の意義”や“脱税のリスク”を普段から伝えていくことも、私たちの仕事よ。」

「“お上に言われて払うもの”じゃなく、“自分たちの社会を支える会費”――
そんな意識が広がれば、脱税も“罪”として自覚できるようになるのかもしれませんね。」

「そうね。」撫子さんが微笑む。
「それに――税金を払いたくなるような使い方を、政治家にもしてもらいたいものだわ。」

「租税教室みたいな理想論ですわね。」みつ子さんがまた鼻で笑う。
「でも、売上除外なんて普通にバレますし、重加算税で痛い目を見るだけ。銀行や取引先の信用も落ちますわ。」

「だからこそ、現実的なペナルティも伝えておくことが大事なの。」


「売上関連で、もうひとつ気をつけたいのが“現金売上”ね。」
撫子さんが話題を切り替える。
「BtoB中心とはいえ、現金がゼロというわけにはいかないわ。」

「現金取引って、うっかりミスがどうしても出ますものね。」
みつ子さんがうなずく。
「ミスの原因にもなりますし、それに経営者にも従業員にも、不正の“機会”を増やすことになりますわ。」

「具体的にはどんな現金売上が多いんですか?」

「板金業なら、注意すべきは“作業くずの売却代金”ね。」
撫子さんが説明する。
「切削作業で出た金属くずは再利用できるから、業者にそれなりの値段で買い取ってもらえる。しかも、その場で現金払いが多いし、金属くずは在庫管理されていないことが多いの。」

「……在庫管理されていなかったら、多少減っていても分からないし。
それを売った代金が現金だったら、そのままポケットに入れてしまいたくなりますよね。」
「作業くずは不正の温床……」
俺はメモにそう書き込みながらつぶやく。

「人が不正を起こす三要素――“動機・機会・正当化”。
このケースは、“機会”がそろいすぎですわね。」
みつ子さんがきっぱりと言う。
「経営者が売上を抜く誘惑にも、従業員が横領する誘惑にもつながりますわ。」

「だから、できれば作業くずの売却も掛取引にしてもらう。またはレジを打って売上を登録しないと領収書が出ない。
あるいは、現金を受け取る人と領収書を発行する人を分けて、相互牽制が働くようにする――
そういう“仕組み”を提案することが大切ね。」
撫子さんの声は落ち着いていたが、その言葉の芯には、静かな緊張感が宿る。

「たとえ現金取引でも、相手が事業者なら先方の税務調査で発覚することもある。
だから、日ごろからそう伝えて――税理士がさりげなく“牽制”をかけておくのも大事ですわね。」
バックミラーの中で、みつ子さんがニッと楽しげに笑った。


「簡易課税事業者なら、課税区分のチェックも忘れずにね。」
みつ子さんが得意げに続ける。
「材料を自社で仕入れた売上は“第三種事業”、材料支給や出向作業なら“第四種事業”、そして作業くずの売却は“第三種事業”になりますわ。」

「ちなみにね。」
撫子さんが補足する。
「作業くずでも、第三種事業から出たものは第三種。
でも、第一種や第二種から出た梱包材の売却なんかは第四種事業になるから注意が必要よ。」

「(業種によって、くずの課税区分まで変わるのか……)」
俺は心の中でうなった。

撫子さんが振り返って、やわらかく笑う。
「――売上についてチェックすべきポイントは、だいたいこんなところかしらね。」

エンジン音が小さく響き、窓の外では港のクレーンがゆっくりと動いている。
知識と現場がつながっていくような感覚が、胸の奥にじんわりと広がっていた。


◆業態に応じた帳簿チェックポイント② 仕入・外注費関係「期末在庫の計上」

「さて、次は仕入や外注費関連ね。」
撫子さんが振り返りながら言った。
「製造業の“お約束”だけど、まず注意すべきは“期末在庫の計上漏れ”よ。」

「在庫って……鉄板とか、ステンレス板みたいな材料のことですか?」
「そう。そういった原材料も期末に残っているなら、“原材料”として経費から外して資産計上する必要があるわね。」

「期末直前の仕入と在庫表の突き合せ、これはもう基本中の基本ですわ。」
みつ子さんが得意げに言いながら、手慣れたハンドルさばきでカーブをスムーズに曲がる。
「期末の仕入れが在庫に上がっていないと、税務調査の際には真っ先に在庫の計上漏れを疑われますわよ。」

「その通り。でもね――見える在庫ばかりが在庫じゃないのよ。」
撫子さんが、わずかに目を細めた。
「材料の姿から変わっていても、まだ売上原価になっていないものがあるでしょう?」

「材料の姿から変わっている……?」
俺は首をかしげる。
「そんな変身する在庫、あるんですか?」

「オホホ、雅之くんも察しが悪いですわね。」
みつ子さんが笑う。
「“Work in Process”――つまり仕掛品のことですのよ。」

「そう。加工途中で、まだ完成していない在庫ね。」
撫子さんが続ける。
「鉄板を切ったり、曲げたり、溶接したり、塗装したり。材料の形が変わるだけでなく、そこまでに投入した作業の価値も加わっている。それが仕掛品よ。」

「なるほど。でも、その価値ってどう計算を?」

「決まっていますわ!」
みつ子さんがビシッと指を立てる。
「“原価計算基準”にのっとり、材料費、労務費、経費を華麗に集計して――」

「みつ子さん。それを最初から全部できる会社なら、七年も帳簿が空白にはなっていないわ。」
撫子さんの一言で、みつ子さんの指が静かに下りた。

「……現実というものは、いつも理論のドレスの裾を踏みますのね。」
いや、ドレスを着せたのはみつ子さんだ。

「中小企業で、最初から厳密な個別原価計算をするのは難しいわ。だから、まず原則と簡便化できる範囲を分けて考えるの。」
撫子さんは指を一本立てた。
「原則として、自己製造した棚卸資産の取得価額には、原材料費、労務費、経費を含める。加工途中の仕掛品にも、その時点までに直接かかった材料費や作業賃金などを含める必要があるわ。」

「では、水道光熱費や機械の減価償却費も、仕掛品一個ずつに配るんですの?」
「そこには簡便化が認められているの。法人税基本通達5-1-5では、小規模であるなどの理由から配賦が難しい場合、製造間接費を半製品や仕掛品には配賦せず、完成した製品の製造原価だけに配賦できるとされているわ。」
「なるほど。省略できるのは、あくまで仕掛品や半製品に対する“製造間接費の配賦”ですのね。」
みつ子さんが確認すると、撫子さんはうなずいた。

「ええ。製造間接費を会社の経費から丸ごと消していい、という意味ではないし、直接材料費や直接労務費までゼロにできる規定でもないわ。」
「でも、直接労務費ってどう計算するんですか?」
俺はノートに“直接労務費”と書きながら尋ねた。
「従業員が、一日中同じ製品だけを作っているとは限りませんよね。」

「そこが実務上の難しいところね。金澤金属さんのような小さな工場なら、社長自身が加工に入ることもあるし、従業員が加工、段取り、配送を兼ねることもある。だから、一分単位の正確さを求めるのではなく、会社が続けられる合理的な方法を決めるの。」
「たとえば標準作業時間に平均的な時間単価を掛ける。あるいは、作業日報から案件ごとの時間を概算する方法ですわね。」
「そうね。そこに材料費や、案件へ直接対応する外注費を加える。完成度を把握できるなら、工程の進み具合も考慮する。大切なのは、“正確に測れないからゼロ”にするのではなく、説明できる方法で見積もり、それを継続することよ。」

俺は大きくうなずいた。
「難しいから省略するんじゃなくて、続けられる簡便な計算方法を作るんですね。」
「その通り。」
「でも、金澤金属さんはリードタイムが短いんですよね。期末の仕掛品も、翌月にはすぐ売上になるんじゃないですか?」

「翌月に売上になることと、今期末に仕掛品として存在することは別の話よ。」
撫子さんの声が、少しだけ引き締まった。
「リードタイムが短ければ、期末仕掛品が少額になる可能性はある。でも、本当に少額かどうかは、数えて計算してみなければ分からないわ。“影響が小さそうだから計上しない”ではなく、“まず試算し、その結果を見て実務上どこまで簡便化するか判断する”のが順番ね。」

「毎期末に同じくらい残っているなら、どうせ翌期に原価になるから同じ――とも言い切れませんわね。」
「ええ。受注量や材料価格、進捗は毎期同じとは限らないもの。期末直後に売上へ上がった案件は、税務調査でも確認されやすいわ。」

「つまり、金澤金属さんの場合は?」
俺が尋ねると、撫子さんは少し考えてから答えた。
「まず、案件ごとに材料費と外注費を追えるようにする。次に、作業日報か標準工数を使って、直接労務費を無理なく見積もれるようにする。水道光熱費や減価償却費などの製造間接費は、5-1-5を踏まえて、仕掛品への配賦を省略できるか検討する――この順番かしら。」
「最初から完璧な原価計算表を作るわけではないんですね。」
「ええ。でも、“税務調査のためだけの形だけの計算”でもないわよ。」

撫子さんは海の方へ視線を向けた。
「どの仕事に材料と時間がかかっているか分かれば、見積価格が適正だったか、値上げをお願いすべきか、受注を続けるべきかも考えられる。原価計算は、税金のためだけでなく、次の仕事を選ぶための数字なの。」

その言葉に、みつ子さんが満足そうに顎を上げた。
「ようやく原価計算が、調査対策という名の地味な作業から、経営戦略という舞台の中央へ出てまいりましたわね!」
いや、最初から同じ数字の話である。

「もちろん、建設業やシステム開発のように、一つの案件が数か月にわたる業種なら、案件別の管理はさらに重要になるわ。小さな会社でも、進行中の案件を把握しなければ、月次の損益も資金繰りも見えなくなるから。」

「でしたら――」
みつ子さんが間髪入れずに言葉を挟む。
「注文書、納品書、材料と外注の請求明細に、案件ごとの番号を付けますの! 複数案件が一枚の請求書に書かれているなら、明細ごとに案件番号を記録する。これで期末に、未完成、完成済み、納品済みを分類できますわ!」

「売上がまだ上がっていない案件を、全部仕掛品にするわけではないのですよね?」
俺が確認すると、撫子さんがうなずいた。
「ええ。まだ加工途中なら仕掛品。完成して保管しているなら製品。納品や検収が済んで売上の計上条件を満たしているなら、売上と売上原価を計上する。請求書を出していない、というだけでは判断できないわ。」
「なるほど……。案件番号は、書類をまとめるためだけじゃなく、その仕事が期末にどの状態なのかを確認するために必要なんですね。」

「その理解でよろしいですわ!」
みつ子さんが胸を張る。
「では雅之くん、案件番号の採番規則、進捗確認表、標準工数表の三点セットを作成なさい!」
「今、この車の中でですか!?」
「現場到着まで、まだ十分ありますわ。」
カーナビを見ると、到着予定時刻まであと十二分。
……原価計算より先に、俺の作業時間を見積もり直してほしい。


◆業態に応じた帳簿チェックポイント③仕入・外注費関係「個人外注先」

「それともうひとつ。」
撫子さんが資料を閉じた。
「外注費で注意すべきは、“個人外注先への支払い”ね。」

「個人の職人さんに外注って、普通にありそうですけど……何か問題が?」
「よくあるのが、“外注費と給与の区分誤り”。請負契約か雇用契約か、その線引きがあいまいなケースね。」

「もし外注費が給与と判断されたら……仕入税額控除の否認と源泉徴収漏れのダブルパンチですわね。」
「そう。」撫子さんがうなずく。
「それに社会保険や労働保険の問題も出てくるわね。今はインボイス制度もあるし、適格請求書発行事業者かどうか、登録しているかどうかの確認も必要になったわ。」

「請負か雇用かの判断って、どこで見極めるんですか?」
「その職人さんがどれだけ“独立した事業者”としての実態を持っているか、ね。請求書を出しているか、契約書を交わしているか。他の会社からも仕事を請けているか――そういう要素を見て判断するの。」

「外見上は業務委託でも、実態が従業員と変わらないケースって結構ありますものね。」
みつ子さんが、ハンドルを軽く叩く。
「時間も場所も拘束されて、上司みたいに指示を受けていたら、それはもう雇用契約と変わりませんわ。」

「形式と実態、両方がそろって初めて“外注費”と言えるのか。」
俺がつぶやきながらメモに書き込むと、撫子さんが頷く。

「あと気をつけるべきは“架空外注費”よ。」
撫子さんの声が、少しだけ冷たくなる。
「実際には取引がないのに、領収書を偽造して外注費を計上するケースね。」

「手書きの百均やコクヨのカーボン領収書……中小企業ではありがちですわね。」
みつ子さんが呆れたようにため息をつく。
「そんな安易な脱税、すぐにバレますのに。」

「だから、普段見慣れない外注先の領収書があったら必ず確認。“実際に何をしてもらったのか”“契約書や請求書はあるのか”“なぜ現金払いなのか”――そのひとつひとつを突き詰めていくことが大事よ。」

「……ちなみに振込なら安心、とは言えませんよね?」
「そう。支払いの事実は証明できても、実態がなければ架空経費になるのは現金払いと一緒。それだけでは意味がないわ。」
「“仮装・隠ぺいは重加算税”――このフレーズ、経営者の頭に叩き込んでおく必要がありますわね。」
みつ子さんが白い歯を見せて、楽しそうに笑った。


◆業態に応じた帳簿チェックポイント④ 無申告・脱税に至る経営者の傾向

カーナビが「目的地まであと500メートルです」と告げたころ、撫子さんが静かに口を開いた。
「もう少しで金澤金属さんね。……ところで、金澤金属さんは“7年間無申告”だったわね。」

「法人でそれは……本当に信じられませんわ!」
みつ子さんがハンドルを握る手に力を込める。
「どういう神経をしているのかしら?」

「無申告や脱税に走る経営者には、ある程度パターンがあるの。」
撫子さんが淡々と続ける。
「一つ目は“責任感や義務感が希薄”なタイプ。税金を『払うべきもの』じゃなく『どうしても払いたくないもの』と考える人ね。」

「そういう人には、“この国の道路を誰が作ってると思ってるのかしら”って言いたいですわね。」
みつ子さんが鼻で笑う。道路にこだわるって、やはりみつ子さん、カーマニアか……。

「二つ目は“後回し型”。『忙しい』『時間がない』『あとで何とかなる』――そんな言い訳で記帳も申告も後回しにしてしまう人。」
「芸能人や研究者にも、そういうニュースありますね。」
「そう。そういう人は仕組みを作れば改善できる。“効率よく書類整理や入力ができる仕組み”、“期限を意識させる仕組み”を考えてあげるのが大事ね。」

「三つ目は“お金のプレッシャーに弱いタイプ”ね。」
撫子さんの声に、少しだけ哀しみが混じる。
「資金繰りに不安を覚えて、悪いこととは分かっていても納税額を減らすために売上除外や架空経費の計上に走って脱税……。そんな人もいるの。」

「利益以上に法人税を払うことなんてないのですから、何をそんなにプレッシャーに感じるのかしら?」みつ子さんが首をかしげる。

「お金のプレッシャー・・・、借入金の返済や給与支払い、そして税金。私たちも数字では分かっているけど、経営者にとってはそれ以上の理屈では説明できない圧力を感じる人もいるのでしょうね。」
「こういう人には経理体制を整えて、月次ベースで法人税や消費税の納税見込みが把握できるようにして、資金繰りに対する不安を和らげてもらうのが一つの処方箋ね。」

「いざというときには納税猶予の制度があることも、上手く伝えることができればいいですね。」
俺の言葉に、撫子さんが優しくうなずく。

「つまり――」
撫子さんが指を三本立てる。
「無申告・脱税に走る人は、大きく三タイプ。“義務感がない人”、“面倒で後回しにする人”、“プレッシャーに負ける人”ね。」

「そのうち、“義務感がない人”は指導しても、なかなか治らない。悪いことをしているという意識がないし、改善しようという意欲も少ないし、ルールを守るという社会規範そのものが欠落している場合も多いから。」
「そんな人、そもそも税理士に頼まないんじゃなくて?」
「たまに来るのよ。指導はするけど、改善しなければ契約解除――それしかないわ。」

「でも、“後回し型”や“プレッシャー型”なら、”今のままだとダメだから改善したい”という意思はある。そんな場合は私たちが仕組み、つまりしっかりした経理体制を整えれば改善してもらえる可能性は十分あるわ。」
撫子さんが少しだけ笑った。
「しっかりした仕組みを作って、定期的に訪問して“税理士が来るまでにやろう”、”税理士がいるから何とかなる”という心理を働かせる。そうやって少しずつ帳簿整理や申告を”習慣化”させていくの。」

「なるほど、税理士が仕組みを提案して、適当にプレッシャーを与えながら、“きちんとした経理体制”を育てるわけですわね。」
みつ子さんがハンドルを切りながらうなずく。


◆到着――金澤金属

セバスチャンがゆるやかにスピードを落とし、工場地帯の外れにある目的地へと滑り込んだ。
古ぼけた金網に囲まれた敷地に建つ波板スレートの社屋は、長年の風雨にさらされて色褪せて、場末の作業場感を醸し出している。
表には金属くずが詰まったバッカンが無造作に置かれ、使い込まれた軽トラが一台だけ停まっていた。
入口には、錆びついた看板が一枚――『KANAZAWA METAL』。

「さあ、到着しましたわよ!」
みつ子さんが軽やかにハンドルを戻し、セバスチャンを敷地の端に“キュッ”と停めた。
そして颯爽と車から降り立つ。場末の工場の前に腕を組んで立つその姿は、まるで舞い降りる場所を間違えた戦乙女(ワルキューレ)のよう。
俺も撫子さんも後に続く。

いよいよ、7年間無申告だった会社との対面だ。

俺は深呼吸をして、気持ちを引き締めた。

第六章につづく・・・


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