こどもえいご講師育成プログラム、誕生秘話②
200校にメールして2校から返信。私が英語講師になるまでの話
前回の記事(誕生秘話①)はこちら。
前回の記事で、「英語を話せることと、英語を教えるスキルは別物」だという話を書きました。大手の英語教室から「教え方がわかっている人を紹介してほしい」と電話がかかってくること、英語が苦手だった人ほどよい先生になれること。
今回は、そもそも私自身がどうやって英語の先生になったのか、その話をさせてください。
実は、なかなか奇跡的な道のりでした。
「あいちゃん、英語教えてくれへん?」
前回も少し触れましたが、ハヤイングリッシュアカデミーは私が29歳の時に立ち上げた教室です。その前に何をしていたかというと、貿易系の会社で派遣社員として働いていたり、北海道やカナダとオーストラリアでのワーキングホリデーしたりしていました。
カナダではスノーボードをしに行ったようなものでしたが(笑)、3ヶ月の語学学校の後、スキー場で働きながら英語を使いまくる日々。帰国後のTOEICは740点。まあまあだけど、中途半端。
だからまたお金を貯めて、今度はオーストラリアへ。英語を話せる状態で行ったので、ジョブハンティングは簡単でした。ボンダイビーチの近くにあるモールの中のカフェで業務全般をさせてもらえました。いろんなサンドイッチもコーヒーも作るし、お会計もするし、めっちゃ楽しかったです。
次にシドニーのダーリンハーバーにあるカジノの建物の1階のサブウェイで、サンドイッチアーティストとして働いていました。そのお店はチームのみんなが必死に働かないとお客さんをさばけないぐらい繁盛していて、毎日が英語漬け。年末年始もずっと働いていました。
帰国後のTOEICは860点。なんとか納得できるところまで来ました。
帰国して派遣で働いていた時に、世の中で大流行した「派遣切り」に遭いました。
次、何しよう。
そんな時に、母の友人から声をかけられたんです。
「あいちゃん、英語教えてくれへん?」
英語は話せる。でも、教え方がわからない
英語でコミュニケーションは取れる。伝えたいことは伝えられる。
でも、一体何から教えていいのか、考えたけど想像もつかなかったです。
前回の記事で「英語を話せる=英語を教える、ではない」と書きました。まさにそれを、自分自身が痛感していたわけです。
中学や高校のやり方で学んでも絶対に話せるようにならないのは、自分で実証済み。文法は中高の教科としてすでに習っているけれど、話すには別のスキルが必要なことは明らかです。じゃあ、どうすれば?
「ちょっと待っといていただけますか。修行してきますので。」
そう母の友人に伝えて、英語講師になるためのトレーニングを受けられる場所を探し始めました。
200校にメールを送った
問題は、どこでそんなトレーニングを受けられるのか、まったく分からなかったこと。
前回の記事で、大手英語教室の人事担当者から「英語を教える技術がある人がいない」という話を書きましたが、そもそも英語を教える技術を身につけられる場所自体が、当時は見つからなかったんです。
インターネットで「英会話スクール」と検索して出てきたところに、片っ端からメールを送りました。
「英語の講師になりたいのですが、研修をしてくださいませんか」
日本中の英会話スクールに。イギリスにも。フィリピンにも。
送った数、200校。
返信があったのは、たった2校でした。
1校目は横浜のスクール。「もうクローズするので研修できません」。わざわざ返信してくれたことが、めちゃくちゃ嬉しかった。
そして2校目。新潟から連絡が来ました。
「うちに来てください。1ヶ月、住み込みで研修できますよ。ベテランのイギリス人の先生がいます。」
大阪から新潟へ。デイビッドとの1ヶ月
なんというご縁か。すぐに返事をして、大阪から新潟に向かいました。
そこにいたのは、デイビッドというイギリス人の先生。ものすごい経験豊かな方でした。
前回の記事で書いた、元ECCの62歳の先生とはまた違うタイプ。デイビッドはイギリスから日本に来たばかりでした。英語を教えることに関してはプロフェッショナルで尊敬しまくり。英語ネイティブから、英語を英語(だけ)で教える方法をガッツリ習うことができました。
1ヶ月間、プライベートもビジネスも関係なく、ずっと一緒にいました。朝から晩まで、デイビッドの仕事を見せてもらい、レッスンを横で観察し、模擬授業の課題をこなし、とにかく必死に練習する日々。毎日8時間以上。
デイビッドから教わったことはたくさんありますが、その中の1つが発音でした。「It is」の「is」の「z」の音が全然聞こえないと何回も指摘されました。「もっともっとズって頑張って言ってください」って。自分ではzの音をめいいっぱい出しているつもりでしたが、指摘は止まりませんでした。
1つの音をずっと練習して、でもセンテンスの中に入ると出なくなる。その繰り返し。
この経験が、後に私が発音指導に力を入れることになるきっかけの1つでもあります(発音の話はもっともっと詳しくまたいつか書きます)。
眠れなかった最終テストの前夜
研修の最終日が近づいた時、デイビッドが言いました。
「私の本当の生徒さんを、あなたが教えてみてください。」
それが最終テスト。
これまでも模擬授業などいろんな課題を与えてもらって、必死に練習してきました。フィードバックをもらって、また改善しての繰り返し。最終テスト前夜も、夜中にひとり芝居をしていました。
「明日、授業や」と思ったら全然眠れませんでした。がそう思った途端に寝れる大変ラッキーな性格です。
汗だくでレッスンしました。汗は顔にはかかないのでバレないタイプなのでラッキーです。
あの合格をもらえた時の達成感。今でも忘れられません。
手の上の月謝。3人から始まった教室
大阪に帰ってきて、待っていてくれた母の友人3人に英語を教え始めました。
最初の月謝をいただいた時。手の上にお金の重さを感じ、すごいプレッシャーを感じました。でも同時に、「信用してもらえてるんや」という気持ちがこみ上げてきて、涙が出てきました。
それが、こどもえいごの始まりです。
そしてここから、前回書いた第4号の生徒さん(英検準1級の先生)との出会いや、スタッフの雇用、教室の拡大へと繋がっていきます。
200校メールした経験が、プログラムを作らせた
私はあの時、200校にメールを送って、すっごい時間がかかった。1ヶ月まるまるスケジュールを空けて、大阪から新潟に行って。なかなか難しい道のりでした。
前回、「英語が苦手なほど、よい先生になれる」と書きました。私は本当にそう思っています。
でも「よい先生になれる素質がある人」が、先生になるまでの道のりで挫折してしまったらもったいない。200校にメール送って2校しか返ってこない世界では、ほとんどの人が途中で諦めてしまう。
英語講師になりたい人が「なりたい!」と思った時に、楽しくなれる講座があったら最高やん!
これが、こどもえいご講師育成プログラムを立ち上げた最大の理由です。
次回は、「めちゃくちゃ褒めちぎって、笑かす」という私たちの指導哲学と、それがどうやって生まれたかについて書きたいと思います。
こどもえいご講師育成プログラム、2026年10月開講
17年の英語教室運営と、400名超の講師育成の中で生まれた実践型の講座です。
2026年10月開講 | 5ヶ月 全20回 | 毎週月曜21:00〜21:50
まずは説明会動画(オンデマンド)でプログラムの全体像をご覧ください。
▶ 説明会動画を見る(無料)
▶ 講座の詳細・お申し込み
こどもえいご講師トレーナー松谷 愛
17年の英語教室運営 / 400名超の講師育成実績 / 発音指導500名以上
▷ Instagram: https://www.instagram.com/kodomo_eigo_/
▷ YouTube: https://www.youtube.com/@kodomoeigo2009
▷ 無料個別相談: https://www.jicoo.com/t/__FyyKMFlhDM/e/BB6-y7LM
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