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ソン・ウォンピョン「アーモンド」〜感情があることは、本当に幸福なのか


感情があることは本当に幸福なのだろうか?

嬉しい。

悲しい。

怖い。

腹が立つ。

寂しい。

誰かを好きになる。

ワタシたちは日々こうした感情を持つことをあまりにも当たり前のこととして生きている。

そして時に感情が豊かであることを人間らしさそのものだと考える。

だがソン・ウォンピョンの「アーモンド」を読んでいるとその前提が少し揺らぐ。

主人公ユンジェは生まれつき脳の扁桃体が小さい。
※扁桃体がアーモンドの形をしているのでこの本のタイトルはアーモンドです。

恐怖や怒りといった感情を感じ取ることが難しく、
他人の表情から感情を読み取ることも苦手である。

普通なら「感情が乏しいなんて可哀想だ」と思うかもしれない。

しかし物語の中にゴニが現れる。

ゴニはユンジェとはまるで反対側にいるような少年である。

怒る。

傷つく。

寂しがる。

反発する。

人を求める。

感情の機微が激しく、そしてその感情を自分でも持て余している。

ユンジェが静かな湖だとするなら、ゴニは嵐の海である。

そしてワタシはゴニがユンジェに向けて言った言葉が妙に心に残った。

「俺もお前みたいだったら良かったのに。
いろいろな感情に振り回されなくて済む。
お前が羨ましい。」という趣旨の言葉である。

この一言で、物語の見え方が変わった。

感情を持っている側のゴニは、感情を持っていないユンジェを羨んでいる。

ここに人間というものの不思議さがある。

持っていない者は持っている者を羨む。

しかし持っている者は時として持っていない者を羨む。

人間はいつも自分にはないものの中に幸福を想像してしまうのかもしれない。

感情は確かに素晴らしい。

誰かを好きになることができる。

誰かの成功を喜ぶことができる。

悲しんでいる人のそばにいたいと思える。

美しいものを見て心を動かされる。

しかし感情はワタシたちを幸福にするだけではない。

好きだから失うのが怖くなる。

愛しているから嫉妬する。

期待するから裏切られた時に傷つく。

自尊心があるから他人と比べて苦しくなる。

過去を覚えているから後悔する。

未来を想像できるから不安になる。

人間を人間らしくしているものがそのまま人間を苦しめてもいる。

考えてみれば何とも皮肉な話である。

ワタシたちは感情があるから人生を味わえる。

しかし同時に感情があるから人生に振り回される。

恋愛などその最たるものかもしれない。

誰かを好きになれば世界が少し明るくなる。

その人の笑顔を見るだけで嬉しくなる。

しかし同時に会いたい。

もっと知りたい。

自分を見てほしい。

そんな気持ちが生まれる。

そして自分ではどうにもならない相手の気持ちにまで心を振り回される。

それでもワタシたちは「感情なんてなければいい」とは簡単には言えない。

なぜなら苦しみを取り除こうとすると喜びまで一緒に消えてしまうからだ。

悲しみだけを消して愛情だけを残すことはできない。

嫉妬だけを消して人を好きになる喜びだけを残すこともできない。

感情とは欲しいものだけを選んで持てるものではない。

喜びと苦しみが最初から一つの袋に入っている。

それが人間の感情なのかもしれない。

だからワタシは「アーモンド」を「感情のない少年が、感情を獲得していく物語」だけとしては読みたくない。

むしろ感情とは何なのか。

感情があるということは本当に幸福なのか。

そして人間は自分の感情とどう付き合えばいいのか。

そんな問いを投げかける小説なのだと思う。

ユンジェにもゴニにもそれぞれ見えていない世界がある。

ユンジェにはゴニのように感情が激しく揺れ動く世界が分かりにくい。

ゴニにはユンジェのように感情の波に飲み込まれずに存在する世界が分からない。

だからこそ二人は互いを見る。

自分とは違う人間を見る。

そして少しずつ、

自分一人では知ることのできなかった世界を知っていく。

もしかすると人間に必要なのは「相手と同じ感情を持つこと」ではないのかもしれない。

相手の気持ちが完全には分からなくてもいい。

分からないままそれでも相手の隣にいようとすること。

理解できないからといってその人を切り捨てないこと。

自分とは違う人間の存在をそのまま認めること。

それが人間同士が共に生きるということなのかもしれない。

そしてワタシはゴニのあの言葉に戻ってくる。

「俺もお前みたいだったら良かったのに」

感情に乏しいユンジェを見て感情に溢れたゴニが羨ましがる。

あの瞬間、正常と異常、幸福と不幸、持っている者と持っていない者、その境界線が一度崩れる。

どちらが幸せなのかワタシには分からない。

おそらくそんな単純な答えなどないのだろう。

ただ一つ言えるのは人間は感情があるから幸福なのではない。

感情があるから苦しみながら、

それでもその感情と共に生きていく。

喜びも。

悲しみも。

怒りも。

嫉妬も。

愛情も。

後悔も。

すべて抱えながら生きていく。

それが、人間なのだと思う。

感情とは人生を幸福にするためだけに
存在しているものではない。

人生を人生たらしめるものなのだ。

だから今日もワタシたちは感情に振り回される。

そして振り回されながらも誰かを好きになり誰かを思い誰かと生きようとする。

「アーモンド」を読み終えたあとワタシはそんなことを考えた。

感情があることは本当に幸福なのか。

答えはまだ分からない。

ただその問いについて悩めること自体がある意味では感情を持つ人間に与えられた一つの特権なのかもしれない。

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