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第4話|結婚式の、前の夜に

占い師にできるのは、あなたの代わりに決めることではありません。あなたがもう選んでいる答えに、そっと灯りを添えることだけ。──ある雨上がりの夜、結婚式を翌日に控えた花嫁が、わたくしのもとを訪れました。
その夜の予約は、ずいぶん遅い時間でした。日付が変わる少し前。こんな時間に占いを求めて来る方は、たいてい、明日を待てない理由を抱えていらっしゃいます。
戸が開いて入ってこられたのは、二十代の終わりほどの女性でした。きれいに整えられた爪。明日のために磨かれたであろう、その指先。けれど、その手が、膝の上で固く握りしめられているのを、わたくしは見逃しませんでした。
「夜分に、すみません。わたし……明日、結婚式なんです」
■ 明日、嫁ぐ人
「まあ。それは、おめでとうございます」
わたくしがそう申し上げると、その方は、ぎこちなく微笑みました。おめでとう、という言葉が、うまく胸に落ちていかない。そんな表情でした。
「ドレスも、式場も、ぜんぶ準備したのに。今になって、急に怖くなって。この人で、ほんとうに良かったのかなって。一生、この人と生きていくって、わたし、ちゃんと選べてるのかなって」
「彼のこと、嫌いになったわけではないのね」
「はい。それは、ぜんぜん。優しいし、一緒にいて楽だし。ただ、ドラマみたいに『この人しかいない!』っていう確信が、わたしには無くて。みんな、こんなに地味な気持ちで結婚するものなんでしょうか」
■ カードを引く前に
わたくしは、すぐにはカードを取りませんでした。この方が本当に怖いのは、「相手が間違っているかどうか」ではないのですわ。「確信がないまま選ぶ、自分自身」が怖いのです。
「あなたが思う『この人しかいない』という確信。それは、花火のように、ぱっと打ち上がるものだと思っていらっしゃる?」
「……たぶん、そう思ってました。もっと、運命的な何かがあるはずだって」
「なるほどね。では、月に聞いてみましょうね」
■ 恋人のカード
ゆっくりとカードを切り、一枚を伏せて置き、そっと表に返します。現れたのは——「恋人」のカードでした。ふたりの人物が向かい合い、その上で天使が、両手を広げて祝福を与えている絵。
「ごらんなさい。『恋人』の正位置。とても良いカードよ。でもね、このカードが教えてくれるのは、『運命の相手』なんていう、おとぎ話のことではないのよ」
わたくしは、カードの天使を、そっと指さしました。
「この天使はね、ふたりの『上』にいるでしょう。これは、愛というものが、燃え上がる感情の下にあるんじゃなくて、もっと静かで、もっと高いところにある『選び続ける意志』だということを示しているのですわ」
「確信って、最初にあるものではないのよ。確信はね、選んだあとに、ふたりで時間をかけて育てていくもの。『この人で良かった』は、明日の式で完成するんじゃない。これから、何十年もかけて、あなたたちが一緒に作っていく答えなのですわ」
「……完成してなくて、いいんですか」
「いいのよ。むしろ、迷えるというのは、あなたがこの選択を、それだけ本気で受け止めている証ですわ。どうでもいい相手になら、人は迷ったりしませんもの」
その方の目に、じわりと涙が滲みました。
「わたし……ちゃんと、選べてるんですね」
「ええ。もう、選んでいるわ。ここに来たことが、その答えよ。怖くても、明日へ進もうとしている。それが、あなたの『はい』なのよ」
■ 朝が来る
その方は、ハンカチで目元を押さえると、ふう、と長い息を吐かれました。肩から、すっと力が抜けたのが見てとれました。
「地味な気持ちのままで、結婚していいんだって、思えました。花火じゃなくても、いいんですね」
「ええ。花火は一瞬で消えるけれど、あなたが選んだのは、毎日灯る、小さな明かりのほうですもの。そちらのほうが、ずっと長く、あなたを照らしてくれるわ」
お帰りになる前、その方は、戸口で深くお辞儀をなさいました。
「先生。明日、笑顔でいられそうです」
「いってらっしゃいませ。どうぞ、お幸せに」
その方は、夜明け前の街へ帰っていかれました。雨は、すっかり上がっていました。東の空が、ほんの少しだけ、白み始めておりました。
■ 月からのひと言
大きな選択の前に、人は誰でも怖くなります。けれど、迷いは、間違いのしるしではありません。むしろ、その選択をどれだけ大切に思っているか、という心の深さのあらわれですのよ。
確信が、最初から揃っている必要はありません。大切なのは、迷いながらでも「進む」と決めた、その一歩。
あなたが今、何かの選択の前で立ちすくんでいるのなら——どうか、自分の迷いを責めないでくださいね。それは、あなたが本気で生きている、いちばんの証なのですから。
(了)

光月 蘭(こうげつ らん)/タロット鑑定師。月あかりのような、静かな鑑定をしております。選択に迷う夜のご相談は、プロフィールのリンクから。

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