Where We Forgot Our Origin Chapter 1: Not My Name
わたしたちが、まだひとつではなかった頃
わたしたちは、ひとつの民族だと思っていた。
でも——
それは、ただ「そうなった」だけかもしれない。
これは、
“どこから来たのか”ではなく、
“なぜひとつになったのか”を辿る物語。
奈良、東北、剣山、そして南の海へ。
記憶の層をたどる旅の中で、
ひとつだったはずのものは、
少しずつ、ほどけていく。
そして彼女は知る。
「混ざること」と
「つながること」は、
同じではないということを。
🌙 Chapter 1: Not My Name
~わたしの名前ではない~
彼女は、自分の名前に、ずっと違和感を持っていた。
Kohaku(琥珀)。
その名前は、光を閉じ込めた色のように、どこか温かった。
どこか柔らかくて、温かい響きなのに、
その意味を聞かれるたび、言葉に詰まった。
“Amber. Like fossilized time.”
そう説明すれば、みんなは頷く。
“Beautiful name.”と微笑む。
でも、どこか違う気がしていた。
その名前が、まるで——
自分のものじゃないみたいに。
祖母が亡くなったのは、春の終わりだった。
桜はすでに散り、街は静かな緑に包まれていた。
久しぶりに訪れた日本は、どこか懐かしくて、
同時に、ひどく遠い場所のように感じられた。
彼女は、日本で生まれた。
けれど、育ったのは海外だった。
言葉も、文化も、理解はできる。
それでも、どこか“外側”にいるような感覚が、
ずっと消えなかった。
祖母の家は、古い木の匂いがした。
人がいなくなった家特有の、
時間だけが積もったような静けさ。
整理を頼まれた彼女は、
ひとつひとつ、丁寧に引き出しを開けていく。
写真、手紙、古い着物。
どれも、誰かの記憶だった。
でも——
一番奥の引き出しだけが、
なぜか鍵がかかっていた。
鍵は、すぐに見つかった。
祖母の遺品の中に、小さな袋があり、
その中に、ひとつだけ入っていた。
不思議な形の鍵。
古いのに、なぜか傷ひとつない。
まるで——
ずっと、使われるのを待っていたみたいに。
引き出しは、静かに開いた。
中に入っていたのは、ひとつの箱だった。
黒く、艶のない木箱。
手に取ると、わずかに温かい。
彼女は、ゆっくりと蓋を開けた。
中にあったのは——
一枚の、紙。
それは、地図だった。
でも、それは
彼女が知っている“日本”ではなかった。
輪郭は、似ているけれど、どこかが違う。
線が歪んでいて、地名が読めない。
そして——
見たことのない文字が、いくつも書かれていた。
「……なに、これ」
小さく呟いた声は、
誰にも届かず、部屋に吸い込まれていく。
そのとき、ふと気づいた。
地図の中央に、
薄く、名前のようなものが書かれている。
——Kohaku。
彼女は、息を止めた。
それは、間違いなく——
自分の名前だった。
でも、その文字は
彼女が知っているどの言語でもなかった。
窓の外で風が揺れて、どこか遠くで音がした気がした。
懐かしいような、初めて聞くような——
不思議な響き。
その瞬間、彼女の中で、何かがわずかに揺れた。
記憶でも感情でもない、もっと深いなにか。
言葉にならない何かが、
静かに、目を覚まそうとしていることを
彼女は、まだ知らなかった。
自分が、
“ひとつになった民族”の中にある、
複数の記憶を持っていることを。
そして——
その“ひとつ”が、
本当に自然に生まれたものなのかを。
物語は、まだ始まったばかりだった。
物語は、まだ始まったばかり。
次の章では、
“同じ名前を持つ存在”が現れる。
この物語は、
“わたしたちが何者か”を探す物語です。
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