Where We Forgot Our Origin Chapter 2: The Map That Knows
地図が知っている
その名前を検索したとき、
最初に出てきたのは——
“すでに亡くなっている人物”だった。
——その名前は、Kohaku。
画面に表示されたのは、古い新聞記事だった。
日付は、今から三十年前。
地方の小さな町で起きた、原因不明の失踪事件。
《少女が行方不明。名前は、琥珀。》
「……うそでしょ」
思わず、息が漏れた。
同じ名前なだけ。
ただ、それだけのはずなのに——
胸の奥が、ざわつく。
記事には、写真も載っていた。
ぼやけた白黒の写真。
年齢は、今の自分と同じくらい。
その顔を見た瞬間、
彼女の指が、止まった。
「……似てる」
完全に同じではない。
でも、目の形も、輪郭も——
どこか、自分に重なって見えた。
画面を閉じようとして、やめた。
代わりに、検索欄に打ち込む。
Kohaku Japan name
検索結果は、思ったよりも多かった。
同じ名前の人間が、いくつも出てくる。
でも、その中に——
奇妙な共通点があった。
“記録が、途中で途切れている”
SNSも、経歴も、住所も。
ある時点から、すべてが消えている。
まるで——
“存在そのものが削除された”みたいに。
背中に、冷たいものが走った。
「……なんで」
そのとき、
机の上に置いたままの地図が、ふと視界に入った。
あの、奇妙な地図。
ゆっくりと手を伸ばし、
もう一度、広げる。
相変わらず、読めない文字。歪んだ地形。
でも——
「……あれ?」
一箇所だけ、目が止まった。
そこに書かれていた文字が、
さっきよりも、ほんの少しだけ——
理解できる気がした。
完全には読めないけれど、なぜか分かる。
「……これ、“水”……?」
確信はない。
でも、その意味が、自然に浮かんできた。
考えたわけでも、思い出したわけでもない。
ただ——
“知っていた”ような感覚だった。
その瞬間、頭の奥で、何かが弾けた。
水の音。
風の匂い。
見たことのない景色。
深い森の中、どこかへ向かって歩く足音。
「っ……!」
彼女は、思わず地図から手を離した。
呼吸が乱れ、心臓が早くなる。
「なに……今の……」
記憶じゃない。
夢でもない。
そのとき——
スマートフォンが、震えた。
知らない番号。
一瞬、ためらう。
でも、なぜか——
出なければいけない気がした。
「……もしもし」
数秒の沈黙。
そして——
『……見つけた』
低く、静かな声。
男か、女かも分からない。
「……誰ですか」
問いかけても、返事はない。
代わりに——
『それを、開けてはいけない』
一瞬の沈黙。
『——もう遅いけどね』
その言葉と同時に、通話は、切れた。
部屋の中に、静寂が戻ったが、
彼女は、しばらく動けなかった。
やがて、ゆっくりとスマートフォンを置く。
そして、もう一度——
地図を見る。
そこに書かれている、自分の名前。
Kohaku。
その文字が、さっきよりもはっきりと、
意味を持って迫ってくる。
ただの名前じゃない。
これは——
“鍵”だった。
彼女は、まだ知らなかった。
自分と同じ名前を持つ人間が、
なぜ“消えていったのか”を。
そして——
その理由が、
自分にも迫っていることを。
風が、窓を揺らし、
どこか遠くで、またあの音がした。
懐かしくて、恐ろしくて、
それでも——
抗えない何か。
物語は、静かに、動き始めていた。
