毎日、朝から子どもたちと駆け抜けた夏。子連れを卒業した私の指導員としての成長
朝、8時半。
ラジオ体操に参加した後、
まだ元気を持て余した顔の子どもたちが、
リュックと水筒を持って、
プレハブの保育室にやってきます。
「先生、おはよう!」
その声を聞くと、
「今日も始まるな」と、
私も気持ちを切り替えました。
7月の終わり。
小学校の長い夏休みが始まりました。
学童保育にとって、
夏休みは一年の中でも大きな山場です。
それまでの勤務は、
学校が終わってからの午後。
子どもたちが帰ってきてから、
夕方までの数時間でした。
それが夏休みになると、
朝9時から夕方まで。
でも、
保護者の方の勤務に合わせて家を出てくる子も多いので、
8時半ごろから続々と子どもたちは登所してきます。
そして、
一日のほとんどを、
子どもたちと一緒に過ごすことになります。
朝から子どもたちを迎え、
一緒に過ごし、
お昼を食べ、
少し休み、
遊び、
おやつを食べ、
また少し休み、
そして夕方5時に帰路へと送り出す。
以前は、
「不審者が出るから保護者のお迎えを待つ」という形ではなく、
小学生になったら自分の足で、
歩いて登下校をするのが当たり前だったので、
学童保育の子どもたちも、
自分たちの足で歩いて登所・降所をしていました。
一日が、とても長くなります。

「子連れ」から「ひとりの指導員」へ
前年は、
11月から共同保育の指導員を始めたので、
夏休みの1日保育は初めてです。
春休みの一日保育は、
私は3歳の息子と1歳の娘を連れて、
子どもたちの中にいました。
仕事をしながら、
自分の子どものことも気にする。
周りに迷惑をかけないように気を配る。
「これでいいのかな」と、
いつもどこかで思っていました。
けれど、
この夏休みの一日保育は違います。
子どもたちは保育園へ。
私は、
ひとりの指導員として、
子どもたちの前に立つ。
ようやく、
「私は、この仕事をする人なんだ」と、
自分の中でも、
少しずつ思えるようになっていました。
その変化を支えてくれたのが、
午前中の時間でした。
子どもたちを保育園に送り届けたあと、
午後からの仕事までの時間。
私はその時間を使って、
子どもたちと何をしようか、
どんな遊びなら楽しんでくれるだろう、
夏休みには何ができるだろう、
そんなことを考えていました。
思いついたことをノートに書く。
工作を試してみる。
行事のことを考える。
本を読んでみる。
少しずつ、
少しずつ。
そのときは、
ただ準備をしているだけだと思っていました。
でも、
その積み重ねが、
夏休みになって一気に動き始めました。
朝、
子どもたちが来ると、
「先生、今日は何するの?」と目を輝かせて聞いてきます。
その顔を見ると、
「今日はこれをしよう」と私も言える。
何をするか考えていなかった頃の私は、
子どもたちの前でいつも少し慌てていました。
でも今は、
「今日は宿題をして、そのあとこれをやろう」
「午後はみんなでこれを作ろう」と、
一日の流れを思い描けるようになっていました。
それだけでも、
私にとっては大きな変化でした。
子どもたちと駆け抜けた、濃密な一日
夏休みの朝は、
まず宿題。
それぞれが持ってきた夏休みの宿題に、
取り組みます。
分からないところを聞きに来る子、
なかなか集中できない子、
早く終わらせて遊びたい子。
一人ひとり違います。
私はその様子を見ながら、
必要なところだけ声をかける。
そんな時間も、
指導員の大切な仕事でした。
そして、
お弁当の後のひと息つく時間には、
児童書の読み聞かせ。
長い夏休みを毎日過ごす子どもたちにとって、
「休む」ということも大切です。
走り回るだけではなく、
静かに本を読む。
物語を聞く。
少し心を落ち着ける。そ
んな時間を、
一日の中につくるようにしていました。
夏休みには、
イベントもありました。
学童保育のドッジボール大会。
大会に向けて、
みんなで練習しました。
「もっと強く投げて!」
「今の惜しかった!」
「次は勝とう!」
暑い中、
汗だくになりながら練習する子どもたち。
私も一緒になって声をかけました。
大会の日には、
普段とは少し違う真剣な顔を見せる子どもたち。
勝って喜ぶ子、
負けて悔しがる子。
その一つひとつの表情を見ていると、
「この子たちと、
こんな時間を過ごしているんだな」と、
改めて思いました。
お昼は普段、
それぞれがお弁当を持ってきます。
でもときどき、
保護者の方にもお手伝いをお願いして、
みんなで手作りのお昼ごはんを食べることもありました。
いつものお弁当とは違って、
みんなで作ったものを、
みんなで食べる。
「おいしいね」
「これ、もう一個食べていい?」
そんな声が飛び交います。
そして、
夏休みの大きな行事のひとつが、
夏祭りでした。
何をする?
どんな出し物にする?
どうやって準備する?
子どもたちと相談しながら、
一つずつ決めていきます。
子どもたち自身にも、
準備をしてもらいました。
飾りを作ったり、
出し物の練習をしたり。
一人で全部用意してしまえば、
きっともっと早い。
でも、
「自分たちで作った」という経験も大切です。
ああでもない、
こうでもないと言いながら、
みんなで準備する。
その時間そのものが、
夏祭りの一部だったのだと思います。
「私、ちゃんと指導員になってきたのかもしれない」
毎日、
暑かった。
汗をかいて、
声を張って、
子どもたちと走り回って。
帰るころには、
私もクタクタでした。
それでも、
「先生、また明日ね!」
「バイバイ!」
手を振って帰っていく子どもたちを見送ると、
不思議と
「今日も一日終わったな」という充実感がありました。
子どもたちが帰ったあとの保育室。
さっきまでのにぎやかさが、
嘘のように静かになります。
子どもたちの掃除で、
きれいになっていないところを軽く掃除したり、
明日の準備をしたり。
そんな静かな時間の中で、
ふと、
思うことがありました。
私、
ちゃんと指導員になってきたのかもしれない。
少し前まで、
子どもを連れて働くことに申し訳なさを感じ、
周りの目を気にして、
「迷惑をかけていないかな」とばかり考えていた私。
それが今は、
自分で考えて準備をして、
子どもたちと一日をつくっている。
もちろん、
分からないこともあります。
うまくいかない日もあります。子
ども同士のけんかに悩むこともある。
でも、
「どうしよう」と立ち尽くすのではなく、
「じゃあ、どうしたらいいだろう」と、
考えられるようになっていました。
それは、
私にとって大きな変化でした。
そして、
いつの間にか、
私はこの仕事が好きになっていました。
子どもたちができなかったことを、
少しずつできるようになる。
昨日までできなかったことが、
今日はできる。
友だちとの関わり方が変わっていく。
悔しさを乗り越えて、
もう一度挑戦する。
そんな小さな成長を、
すぐそばで見守ることができる。
それが、うれしかった。
「子どもの成長を間近で見守る仕事って、
こんなにやりがいがあるんだ」
そのことを、
この夏、
私は実感しました。
自分の足で歩き出した、あの夏の終わりに
夏休みが終わるころには、
子どもたちの顔も、
少し日焼けしていました。
毎日一緒に過ごした夏。
笑ったり、
叱ったり、
走ったり、
汗をかいたり。
長いようで、
振り返ればあっという間でした。
そして、
私自身も、
少しだけ日焼けした子どもたちと一緒に、
一回り大きくなったような気がしていました。
保育園に子どもたちを預けると決めたとき、
私は何度も迷いました。
「これでいいのかな」
「子どもたちと離れて大丈夫かな」
そんな気持ちもありました。
でも、
あのとき決断したからこそ、
私はこの夏、子
どもたちと真正面から向き合うことができた。
準備する時間ができたから、
子どもたちに返せるものも増えた。
そして私は、
「子どもと一緒にいること」と
「子どものために働くこと」は、
必ずしも同じ形でなくてもいいのだと、
少しずつ分かっていきました。
あの夏は、
私が「子連れで働くお母さん」から、
「指導員として働く私」へと、
少しずつ歩き方を変えていった夏だったのだと思います。

次回予告:
しばらくの間、私の過去の話が続きましたね。
3月からnoteを書き始めて、これまでの人生を振り返りながら、「あのとき、私は何を感じていたんだろう」「どうして、あんな選択をしたんだろう」と、一つずつ言葉にしてきました。
すると、不思議なことに、今までバラバラだと思っていた人生の出来事が、少しずつつながって見えるようになってきました。
HSS型HSEという気質。
魚座という星座。
数秘術で見た、自分の数字。
もちろん、こうしたものが人生のすべてを決めるわけではありません。
でも、「だから私は、こうだったのかもしれない」と思えることが、いくつもありました。
点だと思っていた出来事が、振り返ってみると、一本の線になっている。
そんな感覚です。
次回は、noteを書きながら、今の私が自分自身について感じていることを、綴ってみたいと思います。
自分の人生を言葉にしてみて、初めて見えてきたもの。
「どうして私は、こんなふうに生きてきたんだろう」
その答えを探しながら、今の私が感じていることを書いてみようと思います。
心をすり減らさない歩き方を探して、
12の職場を旅してきました。

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最後までお読みくださり、ありがとうございます。いただいたサポートは、私がこれからも自分自身の「心地よい歩幅」で、誰かの足元を照らす言葉を綴り続けるための、小さなお守りとして大切にさせていただきます。