短編 ジューン・フライト。
第一章|ゼクシィ
「先輩〜。今日、僕が出すんで、行きませんか?」
家に帰りたくない。
家に帰ったら、ゼクシィが机の上に置いてある。
無言の空間。無言の圧。
「珍しいじゃん。お前から誘ってくるなんて。彼女、大丈夫なの?」
先輩は、ニヤニヤしながら聞いてくる。
大丈夫じゃない。
でも、家に帰りたくない。
*
六つ年下の彼女は、今年29歳になる。
分かっている。30になる前に結婚したいと、ずっと言っていた。
僕だって、出来ればそうしたい。
でも、良いのだろうか?
本当に、この子と一生暮らせるのだろうか。
この子と家族を作っていく?
決め切れない自分が情けなくなる。
「先輩、結婚ってなんですか?」
「おまえ、それ、俺に聞く?」
「先輩、人生って何ですか?」
「おまえさ、いい歳こいて、つまんねえ質問してくんなよ」
「先輩……」
目の前のハイボールを一気に飲む。
ああ、そうさ。僕はつまらない男なんだよ。
結婚……したくねえ。
カウンターに置いていたスマホが震える。
どうせ彼女だろ。
今日は、放っておいてほしい。
スマホを裏返そうとした時、姉ちゃんの名前が見えた。
慌ててロックを解除する。
「明日、夜ご飯を食べに来ませんか」
行くに決まっている。
速攻でスタンプを送る。
両親は、僕が16歳のときに事故で亡くなった。
突然、新卒で働き始めたばかりの姉ちゃんと二人になった。
僕は、姉ちゃんの苦労など何も考えず、反抗ばかりしていた。
毎晩、ご飯がテーブルに並べられていることを当たり前だと思っていた。
たまに、姉ちゃんが残業で遅くなると、ご飯がないことに苛立っていた。
経済面では、両親の保険などで問題なかった。
でも、僕は常に何かに苛立っていた。
姉ちゃんの結婚を機に、僕は実家を出た。
社会人になって、一人暮らしを始めて、上司に怒られて。
僕は、そのとき、やっと姉ちゃんの気持ちを想像することが出来るようになった。
「なあ、お前、そろそろ帰った方がいいんじゃない?」
帰りたくない。
でも先輩も、さっきからスマホを何度もチェックしている。
気付いてないふりをしていたけど、諦めよう。
仕方なく、渋々立ち上がる。
「もう、払ったから」
先輩はそう言い残し、店を出た。
やはり、違う。会社イチモテる男は違う。
先輩みたいな人と結婚したい。
*
駅から家までの道を、トボトボと歩く。
トボトボって、なんだよ。
自分に突っ込みながら、ため息をつく。
目の前から、高校生くらいの女の子が歩いてくる。
腕時計を見る。
22時。
すれ違ったときに、ふわりと香る。
僕は、すぐに振り向いて、女の子を確認した。
いや、女の子の香りを確認した。
この香りは……。
何か、そわそわする。
知っている気がする。
僕は、その場に立ち止まり、女の子の後ろ姿を視線で追いかけた。
思い出したらいけないような。
思い出す必要があるような。
「ねえ!」
急に肩を叩かれて、びっくりしてひっくり返りそうになった。
「あんた、今、女の子をずっと見ていたでしょう?
どういうつもり?変態かよ」
彼女の顔は鬼のようだった。
「え、なんで、ここにいるの?」
「あんたの帰りが遅いから、飲み過ぎてどこかで倒れてないか心配になったのよ。それで来てみれば、でれでれと女子高校生なんか見ちゃって!」
やばいやばい。めっちゃ怒っている。
「いや、女の子を見ていたというか、匂いが……」
「はあ?匂い?マジの変態じゃん!」
「違う、そうじゃなくて、何か知っている匂いだったような」
「もういい。もう帰ってこなくていい」
彼女は、一人で走って帰っていった。
いや、だからさ、聞いてくれよ。僕の話。
そういうところなんだって。
僕が、決め切れないところ。
いや、そんな言い訳はいいか。
姉ちゃんがよく言っていた。
「相手を思って言わないのと、自分のために言わないのは、違うのよ」
分からねー。
明日聞く。姉ちゃんに聞く。
結婚した方が良いかも聞く。
全部、明日にまわす。
第二章|唐傘
最近、郷田が影を背負っている。
その理由は「結婚」だ。
彼女にリミット突きつけられて、崖っぷちに立たされて。
"つまんねぇ質問してくんなよ"
そう一蹴したときの泣きそうな顔、ごめんな。
キラキラした目で慕ってくれるけど、俺がそのつまんねぇ男なの。
ひとつだけ言えるのは、俺の前には現れることのない扉の前にいるってことだ。逃げたくてもなんでも、そこに立ててるだけ凄い。
郷田には悪いが、俺はその境地に関心はない。
ニヤケ面は感情を封じるのにちょうどいい。
*
「41歳、甘い仮面で棘を刺す―――立花風。」
今期ドラマが見たくて、見逃し配信をチェックしていた俺。そこに飛び込んできた、久々に見るアイツの名。学生時代から俺と演劇で一緒だった男だ。
「……っ」
内側から強烈に込み上げる何か。
近頃、ネットニュースはアイツで沸いてるらしい。
アプリを閉じると、俺は真由子に電話した。
最近やたら着信がある。おそらくこの件だろう。
「シノブ?やっと連絡来たか」
「…ここんとこ忙しいんだよ」
「そっか。元気してた?」
「まぁ、変わりなく。真由子こそ生きてた?」
「よく言うわ。履歴あったでしょ100万回」
「あぁ。かける気なくした」
「1回でもかけないくせに」
「わり。…で、どうした?」
「どうしたもこうしたも、フウよフウ!今すごいじゃない」
「何が」
「知らないの?俳優業ブレイクしてるんだよ」
「へぇ」
「無関心ね。友情の欠片もないんだから」
「…あのなぁ」
「…ごめん。でも、シノブならきっと誰よりも喜ぶんじゃないかって。夢だったじゃん。芝居で食べてくの。あそこで解散しなきゃ私たちもまだ演ってたのかな」
「解散は関係ないだろ。続くヤツは続くさ。空中分解、打ち上げ花火みたいでいいじゃん。思い出は綺麗なままで」
「は、なに詩人みたいなこと言ってんのよ。……でもほんとすごい。夢叶えたなんて。会いたいなぁ…ずっと疎遠だけどさ。まぁ、画面で会えるか」
「続けばな」
真由子は昔、俺の彼女だった。
色白でスタイルのいい、演劇部そして劇団のヒロイン。俺に惚れ込んでると図に乗っていたら、一度だけアイツと関係があった。
女に不自由しなかった俺の、初めての屈辱。記憶は地味に付きまとう。
でもそれだけじゃない。俺はアイツの才能に嫉妬していた。鍋にこびり付いて剥がれない、焦げみたいな存在。きっと俺が君子でも、真由子はアイツになびいただろう。
この世界がそうであるように。
*
日曜日。マンション近くの公園で夕涼み。
"蛍の里"なんて名前だけど、ガキの頃から一度も蛍なんて見かけない。
一人ベンチに腰掛けると、どこからかシャンプーの香りが漂ってくる。条件反射みたいに、俺の意識は宙に浮かんだ。
「なぁ…このシャンプーおととい買ったばっかなのに、なんで軽いの?」
「…きっと…アイツらの仕業よ。…言ったでしょ?私は一人暮らしじゃないって」
「はあ?」
「唐傘お化けよ…。傘立てにいたの。何本も確かに…」
「えっ…唐傘って、髪あんのっ?」
劇団で一番人気だった演目「唐傘」。
幾度となく繰り返し、そして今でも脳裏にこびり付いて離れない因縁の台詞が、意図せず口から飛び出した。俺が主役のマコトで、相手役は真由子だった。
だが、本番間もないところで急遽アイツに掻っ攫われ、その舞台をキッカケにアイツの人気に火がついた。
「シャンプーどころか⋯トリートメントも空っぽよ⋯」
目に滲むものを手の甲で拭い取る。
そのとき、ふいに声がした。
「お見事!」
それは同年代っぽい女性だった。
「懐かしい」
「あ…。お恥ずかしい。人がいらしたとは…。"唐傘"ご存知なんですか?」
「ええ、当時彼と。人気のお芝居だったから、一度だけでも覚えてる」
「そう…ですか…」
「まさかこんなところでお目にかかれるとは。…ありがとう。さて、そろそろ帰るか…」
ふんわり微笑んで、女性は入口へと姿を消した。
…完全に一人の世界に入っていた。危な…。
帰路につく。前から若い女が歩いてきた。
擦れ違いざまふと見た顔に、俺は視線が釘付けになった。
(真由子……!)
それは、当時の真由子そのものだった。
目眩がした。
俺はあの日に引き戻された。
第三章|マリッジブルー
台詞の完コピする程、
好きな舞台だったとは。
演技上手い人ね。
俳優さんみたい。
「唐傘」かぁ…懐かしいなぁ。
あの時の主人公が「立花風」だなんて
後々びっくりしたんだっけ。
そうそう…
同席の彼は「彼」じゃなく
サークル仲間。
ちょっと見栄張っちゃった。
私を知らない人に、
こっそり吐いた嘘。ごめんね。
並んで歩いても、ずっと同じ道を
歩けないご縁もある。
突然、脇道から割り込んできた人と
ずっと歩かされる奇縁もある。
縁なんて誰にも分からない。
本人にこそ、分からない。
*
「茜さ~ん!ごめん、遅れた」
駆け寄りながら彼が笑う。
当時20歳になったばかり。
「もうすぐ上演するよ!行こうか」
私は当時29歳。
誰が見ても、
姉と弟みたいだったな。
頼りにされたのは、
彼が私に大人の意見を
聞きたい時だけ。
恋にすら届いてなかった。
好きと言えなかった自分の罪。
今となっては、それで良い。
そして…翌年の夏。
知り合いの紹介で、成り行き婚。
「幸せ」と力技掛ける様に、思い込んだ日もある。
不幸ではないけど、幸せでもない。
小学生の一人娘、
唯華が居る。
2人目は妊活しても授からなかった。
この子だけが私のお宝。
幸せはここだけに有る。
それと勿論、弟の瞬もそう。
両親は、彼が16歳で、
私が社会人に成ったばかりの時に
事故で亡くなった。
それからは、私が瞬の親代わりをしてきた。
何でもいい。
悩んだら一人で抱えるなと
励まし合ってきた。
今、その瞬が悩んでる。
「彼女との結婚に踏み出せない。
決め手も自信もないよ」って。
今夜は、旦那が夜勤で帰りが遅い。
唯華も部活のブラバンの練習が無いから、
晩ごはんの手伝いをしてくれるみたい。
瞬兄ちゃん大好きだもんね。
こんな時はお袋の味を再現するのが落ち着くよね。
正しい味は16歳までしか知らなかったけど。
私に出来ることは、こんなもん。
瞬が結婚に踏み切れないのは、
正直、私のせいも有るのかもね。
幸せなところ、見せてないから。
ピンポーン
噂をすれば瞬。
「ハ~イ。あ、瞬兄ちゃん!」
唯華が声を弾ませて、瞬の右腕を掴んでいる。
「こんばんは、唯華!部活はどした?
大好きな俺の為に、
休んでまで待ってくれるとは。
嬉しいな〜!ありがとね~」
「姉ちゃん、わりぃ。
お義兄さんは夜勤だっけ?
留守に悪かったかな?」
「気にしないでOK!
来ること知ってるし、
このタイミングじゃないと
会えないでしょ?」
頷きながら、テーブルにつく。
「いきなりごめん。
俺さ、やっぱり彼女とは
結婚を考えられない。悟った」
何となく、そう来る気がした。
瞬は彼女から
「追い掛けられる恋」をしていた。
思われる男になる方が幸せだと、
同僚や先輩から聞いて、
その気になっていたようだ。
ふぅ~っと、肩で深呼吸すると、
瞬はテーブルに突っ伏して唸る。
「俺さ、支配されるのムリだわ。
シノブ先輩みたいには、なれない」
「瞬の心に聞いたら、
そんな答えが出たのかぁ。そっか」
「姉ちゃんはどう思う?俺達のこと」
「率直に訊くね。
今、仮に彼女が誰かに取られたら、
どう思う?」
瞬は冷静に語り出した。
「…好きだと思ってたよ。
本物だと信じて疑わなかったのに、
今は、結婚相手が俺じゃなくて、
他に探してくれても良いって、
手放そうとしてる」
マリッジブルーか?
男子にもあるのか…
「結婚は妥協で始めたら、辛いよ」
茜の言葉に、瞬の決断は
ますます霧が深くなっていく。
ボタンの掛け違いで始まった恋。
直るのかなぁ…
茜はぼんやり空を仰いだ。
終章|ラブイズオーバー
少し疲れてしまった。
ここ数日、やたら人間の声に当てられた。会社の命令だから仕方ないことだけど、この時期になるとやたら仕事が増えて肩が凝る。
人は私たちのことをクピドだとか、キューピッドだとか呼んでいる。任地によって呼び名の違いはあるが、概ねイメージは間違ってない。私たちの仕事は色々あるが、メインの業務はヒトに対して「愛の音」を鳴らすこと。
音といっても、それは現実の音とは限らない。ヒトによっては何かの幻に見えることもあれば、懐かしい匂いに感じることもあるだろう。
私たちが揺らすのは、そのヒトのこころ。その奥にある泉を、この音叉を使って少しだけ揺らす。
6月だ。この時期は本当に仕事が多い。ヒトの運命は最初から決まっている。だが、その決まっている運命にハンコを押すのは人間でなければならない。契約はあくまで自分の意思で、というのがこの世界を支配する絶対的な掟だ。
ハンコを押すのは簡単だ。そのヒトが心の底から運命を受け入れればいい。それで、運命契約は成立する。だが稀にいるのだ。どうしても受け入れられない、決めきれない、そんなヒトたちが。まあ、私たちの仕事はそんな彼らの背中を半ば強制的に後押しすること、そんなものだと思っている。
年に一度、運命調査が行われるが、年々結果は悪化の一途を辿っているらしい。おかげでどこの任地も今はクピド不足でヒイヒイ言ってる。
「愛の音、ねえ」
そう思って手元の音叉をプラプラさせてみた。なんの変哲もない、普通の音叉。ここ数日、私は二回ほど仕事をした。
音叉を鳴らした時のヒトの反応は千差万別だ。ちゃんとこころは揺れていても、それを全く表に出さないヒトもいる。逆に、大きく泣き出したり、驚いたり。
公園のベンチに寝転がり、手元のリストを見る。最初の一人目は「郷田くん」だったっけ。音を鳴らした時、彼はやたら酔っ払ってた気がする。私たち運命局の末端クピドには、その人の行く先がどうなるかを知らされない。数ある個人情報の中でも運命とは、最も重い機密情報だ。だから、私たちは「愛の音」を鳴らしたあと、心の中で「がんばれ」と告げることしかできない。
そんなことを思っていたら、ヒトの足音が聞こえる。ヒトから私は見えないが、うっかり音叉を鳴らさないように、腰にぶら下げたケースに慎重にしまう。
だが、次の瞬間、思わず声が漏れた。
「うそ…」
立ち竦む私の目の前には郷田瞬と、たぶんその彼女がいた。二人はベンチに腰掛けて、しばらくのあいだ空を眺めていた。
「あのさ、これからのこと、なんだけど」
「うん」
「もう一度、ちゃんと話したいんだ」
そういう瞬の目を女性はじっと見つめる。
「誰かに、なにか言われたの?」
女性はゆっくりと言葉を吐いた。足をブランコのようにプラプラと揺らし、少し上を向いている。その頬には銀色の月に照らされて、白いものが光っていた。
「違う。あのさ、僕、じゃないや俺さ、本気で考えたい。だからさ、もう少しだけ時間くれないかな?」
「もう少しって…?」
「いや、あの、それはさ、もう少しなんだけど…」
ピィーーーーーーーン。
辺りに静かに音叉の振動が響く。その音は、木々を揺らし、噴水の水面を揺らし、そして、二人のこころの泉を揺らした。
(あーあ、私もうこれで終わったなぁ)
処分は覚悟の上だった。偶然とはいえ運命の行く先を覗き見し、あまつさえ二度目の「愛の音」を鳴らしてしまった。
迎えだ。徐々に体が浮かんでいく。私と二人の距離が少しずつ離れて、公園の景色が徐々に小さくなっていく。空から見る街の光はまるでホタルの灯火のようだ。その一画、小さなマンションの窓から、どこかで見た男の姿が見えた。テーブルにはラッピングされた花束が。
空がだいぶ近づいた。私は最後の瞬間、あれを手からそっと放した。
それは、どこまでも、ゆっくりと落ちていく。
まだ何も聞こえない。もしかしたら木に引っかかっちゃったのかな。
無理だって知ってるけど、誰かが拾ってくれるといいな。
もし、ちゃんと落ちたなら、どんな音が鳴るのかな。
それが、本当の「愛の音」だったらいいな。
家族のいない私たちには、ヒトの気持ちは分からない。
やっぱり6月は嫌いだ。嫌いだから涙が出るんだ。
ばいばい、またね。人間さん。
[了]
あとがき
実は種明かしをすると、今回の短編小説は私を含む4人のクリエイターによるリレー形式で創作した。
章ごとの作者はこちらとなる。
第一章・・・湖畔さん
第二章・・・やまびよりさん
第三章・・・Tailwindさん
終章 ・・・私
企画がスタートしたものの、全員が全員リレー小説というものを書いたことがない。はてさて、どうしたものやらということで、とりあえず一人当たりの文量は1,500文字程度、あとは人物の設定だけを大雑把に決めて書き始めることにした。
この時点で大方予想がついていたことだが、展開も何も決めていないので、着地点が全く見えない。
むしろそこも含めて楽しんじゃおう!ということでもあったのだが、Tailwindさんからバトンを受け取った瞬間に頭の中に爆音で歌が流れた。
「わたし、いま、ぶたさんだー、ぶ・た・さんだー。笑」
うそうそ、冗談だ。
だが、明確に試されているということだけは分かった。
まるで季節外れの箱根駅伝。アンカーの責任は重大だ。
だが、受け継がれたバトンと1,500文字という縛りプレイ。世界を広げ、全てを回収するにはあまりにも短すぎる。
そして、終章を書くにあたって最も重要なことは、前の三人が置いた材料を自分の章で作り替えてはならないということだった。
そこで、改めて三章までを通して読んだ。
この話の骨格は明確に「愛を決めきれない人間」でできている。
それらを考えた際に出てきたのが「運命」という言葉だった。
過去は変わらず、未来は分からない。結局人間という存在は「いま」を生きることしかできない。だが、その「いま」ですら過去に縛られ、未来との間で葛藤する。
本作に登場する主人公たちは、みなそれぞれが運命の岐路に立たされている。しかし、結局その運命を決めるのは自分以外にはいないのだ。
だが、みなさんにも経験が無いだろうか?
思いがけないめぐり合わせ。偶然とは思えないタイミング。もしかしたら、見えない何かが自分の背中を後押ししているような感覚や、あるいはその逆。
そういったものが、この終章で描いたクピドのような存在なのではないかと考えた。
運命局の末端クピドは人間の「運命」に直接干渉することはできない。
だが、そんなクピドが偶然に引き寄せられ、感情を動かされ、初めて自分から音叉を鳴らした。
クピドには性別もなければ家族もいない。本来人間の感情を理解できず、常に与えられた仕事を全うするだけの受動的な存在。しかし、そんなクピドが自分から運命と契約してしまった。
不器用なクピド。もしかしたら、私はこれを書きながら自分自身を少しだけ重ねてしまったのかもしれない。
最後に、章題につけた「ラブイズオーバー」についても少し話したい。
この題からは通常、「愛の終わり」を連想するだろう。だが、実際に終わったのは少なくとも直接的には二人の愛ではない。
クピドの任務。クピドとしての立場。場合によってはクピド自身の存在。あるいは愛の管理者としての安全圏。
一方、人間たちの愛は決着せず、まだ続いていく。クピドが空から見た男は花束を用意し、郷田瞬も「結婚する」とは言わない。
だから、ラブはオーバーしていない。では「ラブイズオーバー」は、本当に何が終わったのか。そこはぜひ読者のみなさんがそれぞれ考えてもらえたら嬉しい。
なお、今回のリレー短編については、それぞれの作者が自分の記事の中でそれぞれの想いを語ってくれることになっている。
短編のタイトルに関しても、私は「ジューン・フライト」としたが、他の作者がどうタイトルをつけるのかはお楽しみだ。
この記事にも追ってリンクを貼る予定なので、ぜひそちらも見ていただけると幸いだ。
改めて、湖畔さん、やまびよりさん、Tailwindさんに対し、素晴らしい創作の時間を共有できたことを心から感謝したい。
本当にありがとうございました。
そして、これを読んでリレー小説をやってみたい方、ぜひお誘いあわせのうえチャレンジしてみてください。
──
やまびよりさんは『妙縁ジプシー』と命名されました。
Tailwindさんは『流転』と命名されました。
ラスト、湖畔さんは『みんな、途中』と命名されました!
