第18回「『問いを立てられる人材』が未来への鍵となる ―― 生成AI時代に必要なスキルセットとは?」
【1】「問いを立てられる人材」に必要な3つのスキルセット
生成AIを活用し、イノベーションを創出するために必要なのは、「問いを立てられる人材」であると考えます。生成AIの出力を鵜呑みにするのではなく、「なぜこのような出力が得られたのか?」と改めて問い返すこと。――この行為こそが、生成AIへの理解を深めるだけでなく、第14回で述べた「自らの思考と生成AIとのズレ」を認識すること、さらに第15回で扱った「SECIモデル×生成AI」によるイノベーションの創出へとつながっていきます。
このような問いを立てる力を支えるのが、以下の3つのスキルセットです。
確率論的センスと疫学的思考
一次情報リテラシー(英語)
仮説と検証のスパイラル思考
これまでの連載で繰り返し述べているように、生成AIは「唯一の正解」を出すのではなく、確率分布に基づいて出力を行います。そのため、出力内容を受け止めるには、統計学に裏打ちされた確率論的な直感が求められます。また、疫学的な視点――すなわち、母集団と標本の関係、見えているデータがどこまで全体像を反映しているかという問いを常に持つ思考法――は、「分布思考型プロンプト設計」の発想にも通じるものです。こうした思考によって、出力を多角的に操作し、客観性のある応答を引き出すことが可能になります。
さらに、生成AIが出力する内容には、誤りや不適切な出典の提示が含まれることもしばしばあります。たとえ出典が示されていたとしても、それが本当に目的に合致しているのかは、自分で一次情報を確認する必要があります。特に、自らの専門外のテーマに生成AIを活用する際には、その精度や信頼性を見極めるために、いっそう慎重な姿勢が求められます。また、海外の文献を参照していることも多いため、それらを読み解く英語力も要求されるでしょう。
そして、もう一つ大切なのは、仮説と検証のスパイラル思考です。生成AIに問いを投げかけるとき、何も考えずに「答え」を求めるのではなく、仮説を持って問いを設計し、その出力によってそもそもの仮説を検証する、という姿勢が不可欠です。このとき生じる「ズレ」こそが、思考のきっかけとなり、新たな仮説を生み出す原動力になります。仮説→検証→再仮説→再検証……と、思考を深めるスパイラルを回していくことで、イノベーションの土壌が形成されるのです。
【2】なぜ「日本社会」にとってこの力が鍵なのか?
こうした「問いを立てる力」は、生成AI時代を生き抜くすべての人にとって重要だと考えますが、特に日本社会においては、教育と労働の文脈を中心に、その必要性がより高まっているように感じます。例えば、私が働いている医学部では、入学のために「知識の操作」に長けている必要があり、入学後も6年間にわたって膨大な知識を蓄積し、それを問う試験に合格し続けなければなりません。けれども、臨床という個別性の高い現場で求められるのは、そうした知識を活かし、複数の領域を横断的に結びつけ、自らの言葉で再構成できる「構造的理解」です。
ところが、知識量の多さゆえに、全体を俯瞰したり、構造を捉えたりする余裕がなくなることも少なくありません。結果として、学生時代にしかできない課外活動や社会との接点を持つ時間が削られ、知の深さと拡がりのバランスが取りにくくなっている現実があります。
こうした中で、生成AIを活用することにより、自ら問いを立て、知識の構造を整理し直す時間と余力を得ることができれば、学びの質は大きく変わるでしょう。つまり、生成AIは「知識の羅列」から「知識の構造化」へのプロセスを支える道具にもなり得るのです。このプロセスは、SECIモデルにおける「表出化(暗黙知→形式知)」や「連結化(形式知→体系知)」に相当します。大量の情報や知識をただ吸収するのではなく、構造を伴って理解し、再構築することによって、はじめて深い学びが可能になるのです。
これは、医学以外の分野でもまったく同様です。さまざまな領域で専門分化が進む中、各論を深めすぎて全体像が見えなくなったり、マニュアル的対応しかできなかったりといった課題は、あらゆる分野に共通しています。だからこそ、先ほどの3つのスキルセットを活かし、生成AIを補助線として用いることで、こうした課題の乗り越え方が見えてきます。逆に言えば、スキルや視座がないまま生成AIに依存すれば、単なる時間や手間の節約に留まり、そこから新たな価値は生まれません。
【3】「問いを立てられる人材」がつくる未来への接続点
「問いを立てられる人材」は、生成AI時代においてイノベーションを牽引するだけでなく、社会を構造的に見直し、未来をデザインする力を持つ存在です。
今、私たちの周囲には、当たり前のように存在し、疑われることなく続いている制度や慣習が数多くあります。これらの「前提」を問い直すためには、全体を俯瞰し、背景にある論理や力学を読み解く視点が欠かせません。行動経済学における「現状維持バイアス」は、変化を「損失」として捉えることで、変化そのものを避けてしまう傾向を指します。しかし、「問いを立てられる人材」は、こうしたバイアスにとらわれず、現状を客観的に評価し、より望ましい方向性を思考することができます。こうした人材が、どの世代にも存在していることが、社会全体の柔軟性や持続可能性を高めていく鍵になるでしょう。
そして何より、生成AIの活用は「思考の代替」ではなく、「未来を共に考えるパートナー」としての在り方を模索するところに本質があります。その未来を描く力を持つのが、まさに「問いを立てる人材」であり、私たち一人ひとりがその可能性を持っているのです。
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