「今日は店屋やるか?」という一言
去年の10月末から、施設内で移動珈琲を始めました。
ワゴンにコーヒーを乗せて、
その日はひとつのユニットに滞在します。
廊下の一角が、その時間だけ小さな店になります。
ある日、ワゴンが見えた瞬間、
利用者さんが言いました。
「今日は店屋やるか?」
もともと、その方にも提供する予定でした。
けれどその声は、
“出されるから飲む”という響きではなく、
「コーヒーが飲める」という
嬉しさがにじんだ声でした。
ワゴンを見て、
自分から自然に出た一言。
そのことが、とても印象に残っています。
施設に入ると、
どうしても“用意された生活”が中心になります。
時間が決まり、
食事が決まり、
日課が決まる。
それは安心でもあり、
同時に選択肢が少なくなることでもあります。
でもあの一言には、
「今日はやるんだよね?」
という期待と、
「飲みたい」という
小さな選択の意思が含まれているように感じました。
施設入所は、多くの場合、
ご家族が中心となって選びます。
もちろんそれは必要な選択です。
けれど本当は、
誰だって自分の居場所を選びたい。
旅行に行くとき、
私たちは泊まりたい宿を自分で選びます。
人生の終盤も、
できることなら“自分で選ぶ”感覚を持ち続けたい。
すべてを決めることは難しくても、
「今日はコーヒーを飲む」という選択はできる。
その小さな選択が積み重なった先に、
“選べる施設”という在り方があるのかもしれません。
移動珈琲は、
ただの飲み物の提供ではなく、
「ここで過ごしたい」
「ここで飲みたい」
そう思ってもらえる場所づくりの一歩。
あの「店屋やるか?」という一言が、
それをそっと教えてくれました。
おいしい愛は、
今日もどこかのユニットで、静かにひらいています。
与える施設から、選ばれる施設へ。
