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旭川時間は20分前

筑豊田川で育ち、佐賀と福岡で学生時代を過ごした僕は、東京に就職し、転勤人生がスタートした。

採用面接でこう言われた。  
「俺たちは紙切れ一つで、日本中、いや世界中にも行けと言われる。行李一つ持って飛び回る仕事だ。覚悟はあるか?」  
「はい!もちろんです!!」  
と答えたものの、心の中で思っていた。  
「行李って何や?」  
後で聞いたら、相撲部屋の付き人が運ぶような籐の荷物かごだった。

以来、東京を拠点に、奈良、スリランカ、佐渡、岡山、石垣、熊本、高知、旭川、そして佐賀と、まさに行李一つの転勤人生を送ってきた。
ただ、なぜか西日本や南国への赴任が多かった。  

旭川勤務を命じられたのは、50も半ばになった7月のことだった。  
そのとき、頭に浮かんだのは、ラベンダー畑でも旭山動物園でもない。
「冬はマイナス20℃?殺す気か!」 だった。
「もっと若い時に赴任させてくれてればスキーも上手くなったろうに!今更かよ!」  
とも思った。

旭川では何もかもが西日本の常識と違った。

まず驚いたのは、夜7時を過ぎても明るい。  
「あれ?時計が壊れたか?」などと思った。
東日本は日暮れが早いと思い込んでいたが、北海道まで来ると緯度の高さが勝つらしい。

灼熱の7月の東京から旭川に行ったら、とても涼しい。  
しかし、こっちの人たちは  
「温暖化で暑い。我が家にエアコンをつけなきゃ!」と言う。  
電器屋さんもエアコンの工事待ちの状況だった。

道路がどこまでも直線なのは、開拓の地ならではだが、路肩がやけに広いのは不思議だった。

そして、何よりも不思議だったのは、会議に行くと、必ず僕が一番最後。  
僕が着席すると、  
「では、皆さん揃いましたので少し時間は早いですが、会議を始めましょう。」  
となる。

「すみません、遅くなりました。」  
と言うほどではない。  
それでも、なぜか毎回僕が最後なのだ。

西日本では「5分前集合」で十分なので、そうしてきた。なぜだ?  
そこで、あるとき思いきって20分前に行ってみた。  
西日本なら「20分前に行ったら、鍵も開いとらんわ!」ということもままある。

「今日は勝つだろう!」
会議室のドアを開けた。
それでも全員が揃ってた。  
なかには一時間前に来ている人までいた。

 「雪国だから余裕を持って行動するんだろうな。」  
最初はそう思った。
だが、赴任した当時は真夏、まだ雪など一粒も降っていない。

それでも、みんな20分以上前に集まっている。

雪が降るから早いのではない。  

雪が降る土地で生きてきた人たちだから早いのだ。

博多時間は5分遅れ。  
薩摩時間は30分遅れとも聞く。  
本当かどうかは知らないが、九州人なら一度は聞いたことがある話だ。

沖縄は、、、まぁ諸説あるが、また別の機会にしよう。

ところが旭川では違った。
旭川時間は20分前なのである。

少なくとも、それまでの僕の経験では「5分前集合」で十分だった。

同僚に聞いてみた。
「なんでみんな、そんなに早く来るの?」
すると、不思議そうな顔で言われた。
「だって何が起こるか判らないでしょ? 特に冬は。」
その時は、「でも、20分以上も前だよ?」という言葉は飲み込んだ。

数か月後。
旭川の冬は、この20分が決して大げさではないことを教えてくれた。

朝起きると車は雪だるまになっている。  
雪を下ろし、駐車場から車が出れるように雪をはね、暖機運転をしているうちに30分近く過ぎる。
それでも予定どおり出発できるとは限らない。

吹雪けば視界は消える。  
事故があれば道路は止まる。

自然は、人間の予定表など見てくれない。

雪国旭川の20分前集合。
それは時間に厳しいからではない。
人間の都合より先に、雪と寒さがあることを知っているのだ。

自然には勝てない。  
だから余裕を持つ。
そして、誰かが少し遅れても責めない。

旭川で僕が学んだのは、「時間を守る」ということではなく、「自然に合わせて生きる」ということだった。

もっとも、その教訓も旭川を離れると長続きはしない。
いま、僕は5分前集合に戻っている。

でも、会議室に飛び込むたびに思う。  
「旭川では、完全に遅刻組やな。」



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