それ、求めてる人いるの?
以前、自分がこれからやっていきたいことを人に話した時、
「それを求めている人がいるかどうか、だよね」とか
「おこがましい」
と言われたことがある。
その時、
「確かになぁ」と思った。
どれだけ自分がやりたいと思っていても、
それを必要としている人がいなければ、
仕事としては成り立たない。
すごくもっともな話だと思った。
でも同時に、私の中に
「私、ちょっと調子に乗ってたのかな?」
みたいな感覚が出てきた。
自分の経験から気づいたこと。
自分が実際にやってみて、
人生が少しずつ変わってきたこと。
それを誰かに伝えていきたい。
そんなふうに思っていた自分が、
急に少し恥ずかしくなった。
「私の経験なんて、誰が必要としてるんだろう」
そんな気持ちもあったのかもしれない。
だけど、それでも私の中には、
ずっと消えない感覚がある。
自分の中から本当に湧いてきたものって、
どこかに必要としている人がいるんじゃないか。
もちろん、
「私が伝えたいんだから、みんな必要なはず」
ということではない。
私が欲しいものと、
相手が欲しいものは違う。
でもだからといって、
「今、何が求められているんだろう?」
だけを見ながら、
自分をそこに合わせ続けるのも、
なんだか違う気がする。
たとえば私は、
AIとの対話を使った内観を伝えている。
でもきっと最初から、
「AI内観が欲しい!」
と思っている人ばかりではない。
本当にその人が感じているのは、
人の気持ちはわかるのに、自分の気持ちがわからない。
誰かに相談しないと決められない。
同じことで何度もぐるぐるしてしまう。
自分のことをもっと大切にしたい。
そんなことなのかもしれない。
だったら私がすることは、
自分から湧いてきたものを捨てて
「求められるもの」を探しに行くことじゃなくて、
自分から湧いてきたものと、
誰かの中にある願いが重なる場所を見つけること。
そして、その人が受け取れる形にして届けること。
だから今は、
湧いてくるものは疑わない。
でも、届き方は相手を見る。
そんなふうに外側に表現している。
「これを伝えたい」
その気持ちは、大切にしていい。
そして同時に、
「これを、誰にどう届けよう?」
と外側にも目を向ける。
自分から始まる。
でも、自分だけで終わらない。
自分の中から生まれたものを、
必要な誰かのところまで運んでいく。
私はこれから、
そんな発信や仕事をしていきたい。

