連載小説 ここに僕はいたんだ #14
【前回までのあらすじ】
天満橋で出会った95歳の作家・笹山祐一郎さん。
大連生まれで、18歳で家族と離れて日本へ渡り、戦争を生き抜いた彼は、孤独の中で作家として生きてきた。
私は、笹山さんの人生を「ここに僕がいた」という証として残したいと思った。
けれど笹山さんは、「僕が死んでからにしてほしい」と言った。
私は喫茶 粋のママに相談し、笹山さんが介護を拒み、誰にも頼らず一人で暮らしていることを改めて知った。
その日、私は笹山さんと初めて手をつないだ。
笹山さんは、その仕草が幼い頃に生き別れた姉と同じだったと話した。
そして私に、姉に言えなかった後悔を打ち明けた。
「探しに行かなかったことを。ごめんよ、僕が行けば良かったんだ」
私は、笹山さんは家族を探しに行かなかったのではなく、生きるために行けなかったのだと気づいた。
その夜、私は夫と笹山さんのことを話した。
18歳から95歳まで、77年もの間、孤独を抱えて生きてきた笹山さん。
私は彼が純粋な人なのではなく、もうこれ以上傷つきたくないほど傷ついてきた人なのだと気づいた。
近づきたいのに、もう傷つくことには耐えられない。
私は、そんな笹山さんに自分がずっと残酷なことをしていたのだと思った。
「コーヒーもう一杯いれようか?」
「……私、緑茶が飲みたいです」
「そうね。私も一緒に緑茶飲もうかしら」
私は、喫茶 粋のカウンターに座っていた。
すると、店に夫が入って来た。
「あら、タケル君!いらっしゃい」
夫は私の横に座った。
「緑茶でいい?」
「はい」
私たちは3人で緑茶を飲んだ。
「おじいちゃんは、いつもズズズッってすすって飲んでたのよね。ちょっと子供っぽいっていうか。かわいらしい人だったわ」
「僕、月曜日の朝に地域連携に電話したんですよ。そしたら、もう何度も自宅に行ってたみたいでした」
「行政も動いてくれてたのね。おじいちゃん、あんなに寂しがり屋なのに、不思議ね。どうしてあそこまで拒否し続けていたのかしらね」
笹山さんは、私との電話を最後に、自宅で亡くなっていた。
店に笹山さんが現れないから、心配したママが警察を呼んでくれていた。
「でもね、警察も、部屋がわかんないならわからないって言うから。私怒ったのよ!アンタたちが調べなくて誰が調べるのよ!って」
「表札も何にも無かったんですよ。僕、気になってあの日マンションに戻って見に行ったんですけどね。でもわかんなかったんですよ」
私は、最後の電話を思い出していた。
笹山さんはきっと、自分の最期の日が分かっていたんじゃないかと思った。
「あんなにほっとけない人、見たことないわよ。うちもね、高齢のお客さんが多いんだけど、あそこまで孤独を守ってる人なんていないわよ。みんなどっかで繋がってて、連絡取ったりできるのに。おじいちゃんだけは無理だったわ。誰とも、本当に誰とも繋がって無かったと思うの。近所に住んでたのにね」
私はあの日、あんな形で帰ったことを後悔していた。
残酷な人だと言われたのに、私は笹山さんと手を繋いだ。
また会えると思ったからそうしたのに。そうはならなかった。
「加織ちゃん、どうするの?本、書くの?」
「……今はまだ、書ける気がしない。でも、書かないといけないと思ってます。彼が生きた証を、私が作りたいから。でも、私は笹山さんの人生の、ほんの触りしか聞けなかった。だから今は、まだ書ける気がしないんです」
私は笹山さんと、たった3日しか時間を共にできなかった。
「おじいちゃんはね、あなたのことを、お姉さんの生まれ変わりだと思うって何回も言ってたのよ。おじいちゃんは年の離れた末っ子だったんですって。
だから僕は本当は甘えん坊なんだって笑ってたのよ。いつも手を繋いで、縫製工場までお父さんを迎えに行ってたんですって」
笹山さんは、そんな小さな時の思い出を95歳まで持ち続けていたんだろうか。
18歳で生き別れた家族のことを、ずっと大切に思い続けてきた笹山さんは、すぐに家族に会えたんだろうか。
そう思ったら、また涙が出た。
「加織ちゃんのこと、本当に好きだったのよ。おじいちゃん、ずっとあなたの話をしてたわ。あの人にとって、宝物なんだろうなって思ったのよ。だから最後まで、カッコ付けたかったんだと思うのよね。男って、いくつになってもバカなのよ」
「僕らが関わったことが、良かったのかどうか、僕はあれからずっと考えてるけど……」
「良いに決まってるでしょ!あの人は、ずっと待ってたんだから。よかったのよ。死ぬ前に、巡り合えたんだから。ただね、おじいちゃんは、生まれ変わりだと思うと言ってたけど、私は、加織ちゃんのことも好きなんだなと思ったの」
笹山さんは、触れられたくない深い孤独に踏み込んだ私を、最後にどう思っていたんだろう。
また私と手を繋げばいいんですよ、と笑った私を、どんな気持ちで見ていたんだろう。
そんなことばかり考えていた。
「おじいちゃん、最初にここに来た日に歌をうたったのよ。なんて曲か忘れちゃったけど、あんな切ない歌ないわよ」
私は夫に、笹山さんが喫茶 粋で歌ってくれた曲を聴かせた。
(この曲を聴いて下さい)
出典:『白百合の花が咲く頃』
YouTube:TokinoMai 様
私は笹山さんの声を思い出していた。
夫は、私と同じように歌詞を聴いて泣いていた。
私は夫に、笹山さんが話したことをおしえた。
「この歌は、白百合の花が咲く頃っていう沖縄の歌なの。
この曲の中の戦争は、そういう時代だったっていう『背景』なんだって。
そういう時代でもみんな好きな人がいて、恋もした。
だからこの歌は、あの時代に淡い恋をした男の子の歌なんだって笹山さんは言ったの。
私のためにこの歌を笹山さんは選んだの。
最初に聴いたときより、今の方が、私わかる。
彼は本当にひとりで、大切な人をずっと待ってたんだと思う」
ママはカウンターの中で、また泣いていた。
「おじいちゃん、かわいい人だったわよね。せっかく戦争から生きて帰って来たのにね。誰にもお帰りって言ってもらえなかったんだもんね」
私たちは、悲しい気持ちで笹山さんが好きだった緑茶を飲んだ。
【ここに僕はいたんだ】
テーマソング 大切なあの人に
大切な人は
はるか遠く
生きていてくれるだろうか
僕はひとり
拾われた教会で
オルガンをひいた
いつか名をあげたら
大切なあの人に
僕が生きていると
伝わるだろうか
伝わるならなんだっていい
寂しくなんかないよ
きっといつか会えるから
🍀皆さまのコメントお待ちしております🍀
【お知らせ】
🍀8月25日発売の新刊です🍀
ご購入はこちら↓↓↓↓↓ Amazon以外の書店でも購入可能です。
こちらは紙の本になります。電子書籍は追ってお知らせいたします✨
いいなと思ったら応援しよう!
休憩のコーヒーを頂けたら幸いです💕