連載小説 ここに僕はいたんだ #1
#1
ひとりになりたいとき、私は必ず行く場所がある。
天満橋の駅から、地上に出た私はスタバでほうじ茶ラテを買った。
そして、そのまま橋の方へ歩いた。
私はこの橋から眺める大川の景色が好きだ。
春は両岸が桜で埋め尽くされ、水上バスが観光客を乗せていく。
橋の上から、緑が多いこの川岸の公園で過ごす人を眺めていると、心が落ち着く。
橋を渡り切ると、小さな交番がある。
いつもは行かないのに、私は吸い込まれるようにその手前の階段を川沿いの公園に向かって降りた。
すると、川辺の方から男性の声が聞こえる。
驚いて視線を声の方に向けると、そこには小柄な老人が両手を振り上げながら、ひとりで何かを言っていた。
「あああ!あなたの傍に、あなたの傍に居たいのよ!あの人のところになんて行かないで!」
その老人は、川に向かって大声でそう言いながら、まるで芝居でもしているようだった。
私はなんとなく、その老人の方へ歩いて行った。
すると、
「行かないで!」
急に振り返ってそう叫んだ老人と、私はがっちり目が合った。
しばらく二人で見つめ合ったあと、急に老人はビシッと立ち、私に向かって深いおじぎをした。
そして、クルンと私に背を向けて川を眺めていた。
この人はさっきから何をしているんだろう。
いつもならそんな人を見ても素通りするのに。
私はなぜか、老人の隣まで歩いた。
「こんにちは」
意外にも私は自分から声をかけ、老人は私の声におどろいた顔をした。
コボちゃんみたいな髪型をした総白髪の老人は、まん丸な目で私を見た。
「君は誰だい?僕は笹山祐一郎だよ」
大阪訛りのない話し方。
老人は、丁寧に名を名乗った。
身長は私と変わらないのに、大きな肩幅の若草色のジャケットを着て、淡いオレンジ色の蝶ネクタイをしている。
痩せているのに首が太い。
加齢で身長が縮んだんだなと思った。
「さっき、じっと見つめてしまって。ごめんなさい」
「ああ、いいんだよ。僕が変なんだ。悪かったね」
老人は、私が思ったよりずっと、透明な声でそう言った。
「僕はいつも、この場所で演技をしているんだ。びっくりしたでしょ」
「演技ですか?」
「そう。僕は作家なんだよ。作品をつくるときは、いつもこうやって演技を何度もするんだ。そうやって女性の気持ちになると、良いものが書けるんだよ」
その老人は屈託なくそう言った。
「作家さんですか?」
「そうだよ。僕はね、本当は作詞作曲をして生きていきたかったんだ。
でも、歌詞を書いているのに情景を描き過ぎてね。
作詞家より小説家の方が向いてるよと言われてから、作家をしているんだよ」
私は彼が何を言っているのか、しばらく理解できなかった。
「君はどこから来たんだい?僕は大阪天満宮の近くから歩いてきたんだよ」
「天満宮からこんなところまで歩いたんですか?」
かなりの高齢に見える彼は、フフフと笑って
「びっくりした?僕はね、毎日ここまで歩くんだ。沢山歩いて筋肉を付けないと生きていけないからね。散歩みたいなもんだよ」
「すごいですね」
「別にすごくないよ。こうでもしないとね、ひとりで生きて行かなくちゃならないからね。僕はひとりで暮らしているから、米だって味噌だって、自分で買いに行かなきゃならない。それに比べたら、ここまで歩いてくることなんて、どうってことないんだ」
私は言葉を失った。
「僕は認知症じゃないよ。ちゃんと検査もしているよ。悪いのは心臓だけだね。長生きすると心臓が悪くなるって、お医者さんが言ってたんだよ」
笹山さんは、私に一生懸命話しているように見えた。
「僕、何歳に見える?こう見えて、95歳なんだよ」
「え!」
驚く私を見て、笹山さんはケラケラと子どもみたいに笑った。
「君は何の仕事をしてるの?」
「私は、老人ホームの看護師をしています」
「なんだって?すごいじゃないか!
僕はね、いつかお世話になるかもしれない老人ホームにね、ずっと前から何かをしてあげたいと思っていたんだよ。君はすごいことをしているんだね。
僕は君のような人と出会えて本当に嬉しいよ。
もし時間があるなら、少し話をしないかい?」
笹山さんは興奮したのか、ニコニコしながら一気にそう言った。
彼の話は、情報量が多すぎてすぐには整理できない。
「ちょっと上にあがって歩こうよ。確か喫茶店があったんだ」
老人は、笑顔で私を誘った。
【ここに僕はいたんだ】
テーマソング 大切なあの人に
大切な人は
はるか遠く
生きていてくれるだろうか
僕はひとり
拾われた教会で
オルガンをひいた
いつか名をあげたら
大切なあの人に
僕が生きていると
伝わるだろうか
伝わるならなんだっていい
寂しくなんかないよ
きっといつか会えるから
【お知らせ】
🍀8月25日発売の新刊です🍀
ご購入はこちら↓↓↓↓↓ Amazon以外の書店でも購入可能です。
こちらは紙の本になります。電子書籍は追ってお知らせいたします✨
いいなと思ったら応援しよう!
休憩のコーヒーを頂けたら幸いです💕