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連載小説 ここに僕はいたんだ #2

#2

【前回までのあらすじ】

天満橋の川辺で出会った不思議な老人は、笹山祐一郎と名乗った。
川岸で演技をしていた彼は、私を喫茶店に誘った。

私は笹山さんの勢いに負けて、一緒に南森町の方へ歩いた。



「それ、何か買ったのかい?」

彼は私が持っていた白いビニール袋を指した。
私は天満橋に来る前に、梅田のデパ地下で夕食を買っていた。

「これはスペイン料理ですよ。持ち帰りで買ったんです」

「スペイン料理!僕はね、スペイン料理を初めて食べたのは東京の出版社の近くなんだ。
君は九段下に行ったことがあるかい?あそこはね、靖国神社があるんだよ。
僕は若い時に特攻にいたんだ。だから毎年お参りに行っていたんだけどね。もう歳だから行けないんだよ。
その靖国神社の近くで出版社の帰りにね、人生で初めてスペイン料理を食べたんだ」

早口の笹山さんの話を整理しながら聞いていた私は、無言になった。

「君はスペイン料理のスープを飲んだことがあるかい?あの赤いスープだよ。まるで血だね。
あんな色のスープなんて、日本では考えられない色なんだ。
僕は戦争帰りだからね、あんな赤いスープはもうこりごりだね」

たぶん、ガスパチョのことを言っているんだろうなと思った。

「どんな味でしたか?」

「そんなのわからないよ。だって僕は95歳だよ!そんなこと覚えていたらどうかしてるよ」

笹山さんはケラケラ笑って、私の顔を見た。

「君は子どもっぽい話し方をするんだね。声の出し方が子供なんだ」

突然そんなことを言われて、私は自分の声の出し方なんて考えたことも無かったなと思った。

「僕はね、若い時、教会に拾われてね。そこで歌を習ったんだよ。讃美歌ね。敵国の文化だけど、そうでもしないと生きていけなくてね。
それから僕は歌をものすごく勉強したんだ。だからわかるんだよ。君は子どもみたいだ。だからきっと良い子なんだよ」

私は思わず立ち止まって、笹山さんを見つめた。
まだ出会ってから30分も経ってない私を、子どもみたいな話し方をするから良い子だなんて。

もう、思考が追い付かなかった。

「子どもっぽいですか?」

「うん。君は子どもっぽいよ。舌ったらずな感じがね、かわいいよ」

95歳からみたら、きっと私は若く見えるだろうけど。

「女性に失礼だったかな?ごめんね。
僕、ついしゃべり過ぎちゃうんだ。いつも一人でいるからかもしれないけど、今日は君のような人と話ができて嬉しくてね」

私はハッとして、また笹山さんと歩いた。

彼は一人暮らしなのだ。普段誰とも会話をしない生活をしているのだと思ったら、早口で沢山話す気持ちもわかる。

「そうそう、君の名前を聞いてなかったね。よかったら教えてくれるかい?」

「加織です」

「かおりちゃん!良い名だね。なんてかわいいんだろう。かおりらしい顔だね。
じゃぁこれから、かおりちゃんって呼ぶね。でもあれだね、かおりちゃんはあだ名をつけたらかーちゃんになっちゃうね」

「かーちゃんでいいですよ」

私が笑ったので、笹山さんもまた、ケラケラと笑った。

「君は知ってるかい?大声で笑うと健康になるんだ。今、僕は最近で一番健康だと思うんだよ。君もそうだろう?」

こんなくだらない会話で、そんなに幸せそうにしてもらえるなんて。
普段、彼がどんなに寂しい暮らしをしているのかが、それだけでわかった。

なんだかムズムズするけど、幸せそうな顔を見た私は素直に嬉しかった。

「まだもう少しあるけど、あの辺りに確か喫茶店があったはずなんだよ。僕は女性とどこかに行ったことなんてほとんど無いからね、お店なんかわからないけど、喫茶店には時々行ってたんだよ」

「コーヒーがお好きなんですか?」

「コーヒーは好きじゃないよ。僕はね、緑茶しか飲まないんだ。
でも喫茶店に緑茶は無いからね、仕方なくコーヒーを頼むけど、水が出てくるからね。それを飲んで帰るんだよ」

私は笹山さんの言っていることを理解するのに相当な時間を要するなと思いながら聞いていた。

「君は何が好きなんだい?コーヒーかい?それとも紅茶?」

「私も、お茶の方が好きですよ。これ、ほうじ茶ラテです」

私がさっき駅前のスタバで買ったラテを見せると、笹山さんは歩くのを止めた。

「君もか!僕もだよ!こんな偶然すごいよ、ああ、神様。
なんで95歳になってからなんだ。僕はね、君のような人をずっと待っていた気がするんだよ」

会って間もない95歳から、ドラマティックな恋に落ちたセリフを言われた私は困った。

「ああ、君はそう思わないよね。でも僕のような老人はそうなんだ。
わかっているんだけどね、この興奮をつい君に伝えたくなってしまったんだよ。
僕はそういうところがいけないんだなとわかってるんだけどね、作家をしてるとつい気持ちを全部言語化してしまうんだ。結局それは直らなくてね。気が付いたら95歳だったんだよ」

私は、目の前で感激と落胆を繰り返す95歳を、ピーターパンでも見ているような気分で眺めていた。


【ここに僕はいたんだ】

テーマソング 大切なあの人に


大切な人は
はるか遠く
生きていてくれるだろうか

僕はひとり
拾われた教会で
オルガンをひいた

いつか名をあげたら
大切なあの人に
僕が生きていると
伝わるだろうか

伝わるならなんだっていい
寂しくなんかないよ
きっといつか会えるから




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