穭田(ひつじだ)
秋祭りの笛や太鼓の音を遠くに聴きながら、愛犬・小治郎と田んぼ道を歩く。あれほど暑かった夏も、ようやく幕を閉じた。
田んぼの土手にはイナゴが跳ね、空を見上げればトンボの群れが飛んでいる。いかにものどかな秋の風景だが、小治郎との散歩となると油断は禁物である。
つい先日も、ヒヤリとすることがあった。
歩いている最中、突然、小治郎が土手へ駆け上がろうとした。
こういうときの小治郎は要注意だ。何かいる。
目を凝らして土手を見ると、1メートルはあろうかという赤みがかったヘビが、とぐろを巻いていた。
ヤマカガシだ!
ヤマカガシにも毒がある。私は慌てて、興奮する小治郎を引き離した。
幸い何事もなく済んだが、まったく気が抜けない。
過去2回のマムシ騒動では、ライオンキングのように顔が腫れ上がり、死ぬ思いまでした小治郎である。
ところが本人には、経験から学ぶということも、反省するということもないらしい。シマヘビやアオダイショウを、毎年2、3匹は捕まえる。
今年は私が目を光らせているので、今のところ犠牲になったのはシマヘビ1匹だけだが、小治郎が若く血気盛んだった頃には、1年で5匹ものヘビが犠牲になったこともある。
しかも2度のマムシ騒動は、どちらも晩秋の出来事だった。
「もう寒いから大丈夫だろう」と、こちらが油断し始める10月から12月末あたりが、かえって危ない。
ところで、イナゴもトンボも、昔に比べればずいぶん少なくなった。
祖母が元気だった頃は、大鍋いっぱいになるほどイナゴを捕ってきて、佃煮を作っていた。
また、この季節に秋空を見上げると、空を埋め尽くすほどのトンボが、夕陽を浴びてキラキラと光っていたものだ。
それが今では、イナゴもトンボも、そしてカマキリさえも、注意して探さなければ見つからない。
休耕田が増えたことも一因だろうが、農薬などの影響もあるのだろう。
そんなことを考えながら田んぼを見ると、刈り取られた稲株から、鮮やかな緑の新芽が伸びている。
この稲刈りのあとに再び伸びてくる芽を「穭(ひつじ)」というそうだ。
そして、穭の生えた田んぼが「穭田(ひつじだ)」である。
長野県では、稲刈りから1、2か月もすれば霜の季節を迎える。
そのため穭といっても、せいぜい緑の葉を少し伸ばしたところで冬になってしまう。
ところが温暖な地方では、穭がさらに育ち、花を咲かせ、やがて小さな稲穂までつけることがあるという。
もっとも、収穫を期待されて育てられる稲とは違う。
稲刈りが終われば、田んぼの主役はもう去ったあとである。
穭は誰に世話をされるでもなく、顧みられるでもない。
小さな穂をつけたところで、せいぜい雀などの野鳥がついばむくらい。
そうして誰にも見向きされないまま冬を迎える。
私には、この穭田に楽しい思い出がある。
田んぼ野球である。
稲刈りの済んだ田んぼは、子どもたちにとって格好の野球場だった。
もちろん、多少の難はある。
土が軟らかいので足を取られて走りにくい。
刈り残された稲株で地面はデコボコしているから、転がったボールが突然あらぬ方向へ跳ねる。
それでも長靴を履いて、泥を蹴散らしながら走り回る野球は楽しかった。
田んぼ野球に遊び疲れ、長靴を引きずるようにして家へ帰る夕暮れ。
ふと振り返って見上げた秋の空には、無数のトンボが飛んでいた。
西へ傾いた夕陽を浴び、その羽がキラキラと光っていた。
