クリスマスイブに、何も起こらなくてもいい理由
クリスマスイブは「何かが起こらなければならない夜」だと考えられがちだ。
特別な予定や、特別な人、きらきらした出来事。それらが揃っていないと、この夜をちゃんと生きていないような気がしてしまう。
けれど本当は、クリスマスイブという日は「何かが起こる日」というより「すでに起きていたことに気づくための時間」なのかもしれない。
冬至を越えたこの時期、夜はまだ長く、光はとても小さい。それでも、星はいつもよりよく見える。
暗さがあるからこそ、これまで見えなかったものが、静かに輪郭を持ちはじめる。
私たちの心も、それに少し似ている。
忙しさや期待に包まれているあいだは気づけなかった、小さな違和感。
ほんとうは大切にしたかった感情。
ずっと胸の奥で、出番を待っていた願い。
それらはとても静かで、目立たなくて、誰かに見せるためのものでもない。
けれど、外の光が弱まる夜には、確かに「ここにある」と、そっと知らせてくる。
もし今夜、思い描いていたようなクリスマスを過ごしていなかったとしても、それは、何かが欠けているということではない。
外の光が少し遠ざかったぶん、自分の内側の灯りに、目が慣れてきただけのこと。
贈り物は、必ずしも箱に入っている必要はない。
この一年で感じてきた痛みや迷いも、その奥で育っていたやさしさも、すべてが、あなたにしか受け取れないかたちの贈りものだったのかもしれない。
クリスマスイブは、祝う日であると同時に、何かを急いで決めなくていい時間でもある。
答えがまだ見えなくてもいい。物語の続きを、今夜は書かなくてもいい。
ただ、小さな光がここにあることを知って、それと一緒に夜を越えていく。それだけで、このイブは、十分に意味を帯びてくる。
そしてきっと、今夜は気づけなくても、この静かな時間が、これから先のどこかで、ふいにあなたを支える瞬間がやってくる。
道に迷ったとき、立ち止まったとき、理由もなく心がざわついたとき。
「ああ、あの夜があった」と思い出すほどのものでもなく、ただ、確かに残っている感覚として。
クリスマスイブは、何かを完成させる夜ではなく、心の奥に、そっと灯りを置いておく夜なのかもしれない。
その灯りが、あなたの明日を急かすことなく、静かに照らしてくれますように。
この文章を読み終えたあと、もし今夜、少しだけ静かな時間が残っていたら、その時間を、この一年をそっと振り返るために使ってみてもいいかもしれません。
クリスマスの夜に合わせて、YouTubeで誘導瞑想をひとつ用意しています。
雪の降る小道を歩くイメージの中で、この一年に起きた出来事や、抱えてきた思いを、無理に整理せず、静かにほどいていく時間です。
うまくいかなかったことも、手放せずにいた感情も、ここまで歩いてきた証として、そのまま胸に受け取っていくための瞑想です。
今夜は、答えを出さなくてもいい夜。
ただ胸の奥の灯りに戻って、新しい一年のための余白をつくる時間として。
▼ クリスマスの夜の誘導瞑想(YouTube)
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