バケモノより怖いもの
病院で働いていると言うと、よく聞かれる。
「やっぱり出るんですか?」
幽霊とか、心霊現象とか、そういう話。
もちろん、
説明のつかないことが全く無いわけではない。
意識なく寝たきりで、起き上がれない患者さん。
その個室の、
誰も使っていないトイレからナースコールが鳴ったことがある。
一瞬、足が止まる。
でも結局、確認には行く。
看護師は、
怖くても行かなきゃいけない仕事だから。
夜勤中、
廊下を横切る黒い影を見たこともある。
深夜なのにハイヒールで廊下をカツカツ歩く音を聞いたこともある
誰も触っていないテレビが、
突然大音量で流れ始めたこともある。
消したはずの電気が、
次の巡視でまたぼんやり点いていた夜もあった。
疲れているんだよ、と笑われればそれまでだ。
でも、
あの独特の静けさと空気感だけは、
病院の夜にしか存在しないと思う。
14年働いて思う。
病院で本当に怖いのは、バケモノじゃない。
急変だ。
SpO₂が落ちるモニター音。
いつもと違う呼吸。
さっきまで話していた人の顔色が、急に変わる瞬間。
“何かがおかしい”という感覚は、たぶん新人の頃より今の方が研ぎ澄まされている分、怖い。
だから巡視は丁寧に回る。
ただ眠っているだけなのか。
呼吸は浅くないか。
顔色は変わっていないか。
布団の中で、いつもと違う寝方をしていないか。
その小さな違和感に気づける自分であれ!と鼓舞する。
頭の中では、
疾患の特徴と、
そこから起こり得る急変、
さらに別疾患の可能性まで一気に浮かべる。
脳卒中?
低血糖?
心不全?
それとも、もっと別の何か?
たぶん看護師は、
“何も起きていない時間”にも、
ずっと命の気配を探している。
朝が来て、
早出スタッフの顔を見ると少しほっとする。
今日も無事終わった。
そう思った瞬間、
「○○号室の△△さん、転倒です!!」
インカムから、
切羽詰まった声が飛ぶ。
病院には、
本当にいろんな“怖いもの”がいる。
でも私は今日も、
バケモノではなく、
生きている人間の命を追いかけている。
