「私が悪い」と思ってしまうのは、“罪悪感”ではなく、自責グセという自動反応かも
今朝、「私が悪い?」というタイトルをつけたくなるような夢を見ました。
某カーディーラーの営業Mさんから電話がかかってくる夢。
電話の向こうで彼は、「う〜、あ〜」と言葉にならない、困ったような声を出している。
私が思い当たるのは、数日前に車の定期点検を間際にキャンセルしたこと。
でも、それは事前に受付に連絡して、問題なく受理されたはず。
それでも彼が言い出しにくそうに「う〜、あ〜」と言っているのを聞いて、
「整備士に責められたのかも?」「迷惑をかけたのかも?」と思い、
なんだか申し訳ない気持ちになって、夢の中で「仕事が急に入って…」と、言い訳をしようとしている私がいました。
頭では「私は悪くない」と反芻しているのに、
気づくと“私が悪かったかも”という感覚がじわっと湧き上がってくる
──そんな夢でした。
この夢のように、心のどこかで「私は悪くないよね」と思いながらも、
同時に「私が悪い」と信じたくなってしまう感覚。
これって私の“クセ”なんじゃないか、とふと思ったんです。
誰かが困っていると「私のせいかもしれない」
誰かが不機嫌だと「何か私が悪いことした?」
誰かが黙っていると「嫌われたのかも…」と不安になる。
それって、もはや「罪悪感」や「申し訳なさ」ではなくて、
自動的な“反応”みたいなもの。
もっと掘ってみると、こんな心の動きがあることに気づきました。
「“私が悪かった”ことにすれば、その場が丸く収まる気がする」
「ごめんなさい」と言う方が無難。それ以上の衝突やモヤモヤは避けたい
「自分を悪者にしておけば、関係が壊れない気がする」
つまりこれは、「罪悪感」とは似て非なる、
自責という名の“防衛反応”だったのです。
本当の意味で「自分が悪かった」と思っているわけじゃない。
でも、「誰かを責める」より「自分を責めた方が安全」──
同じ痛みでも、自責の痛みの方が“コントロールできる”から楽なのかもしれません。
この自責グセは、かつての私を守ってくれた“戦略”だったのかもしれません。
家庭や学校、職場で「怒り」や「対立」が怖かったとき、
“自分が悪者になる”ことで関係性や居場所を守ってきたこともあったと思います。
あるいは、無意識に「いい人」「謙虚な人」「責任感のある人」になろうとしていたのかもしれません。
「私が悪い」と言うことで、対立を避ける・責任を取る・評価される……
自責という態度には、どこか“ご利益”のような側面もあったのだと思います。
でも、本当は「私の責任じゃないこと」まで引き受けてしまうことは、
誰のためにもならない。
自責という“自己処理グセ”を続けてしまうと、
自分をすり減らし、自己肯定感を失い、
さらには本来、責任を持つべき他者から“学びの機会”すら奪ってしまうことになる。
夢は、あなたの“自動反応”を見せてくれる
夢って、本当に不思議です。
起きているときには気づけなかった無意識のクセや思考パターンを、
さりげなく、でも確かに映し出してくれる。
今回の夢も、“罪悪感を感じる前に、「自分が悪い」と処理する”という反応が、どれだけ私の中に染み付いていたかを教えてくれました。
だから夢は、ただの物語ではなく、
自分の深層を映し出す優しい鏡のような存在なんです。
「私は悪くない」と言っていい
アートダイアローグでは、夢もアートも、自己の内面や無意識の表出として扱います。
それを眺め、対話する中で、
「言いたくても言えなかった言葉」や「優しいひとこと」が、ふと現れてくることがあります。
そして時には、自分にこんなふうに言ってあげられることもあるのです。
「私は、悪くなかった!」
「怖かっただけなんだよね」
「自分をちゃんと守ることができて、よかった」
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