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第5話|私だって全然できてない。それでも「心送り」を続ける理由。

ここまで4話も、

「相手を見る」
「言葉を受け取る」
「伝え方を変える」
なんて書いてきました。

そろそろ言っておかなければならないことがあります。

私、全然できてません。(笑)

朝から娘に、
「早くしてーーー!」
と言う日もある。

旦那さんに、
「なんで分からないの?」
と思う日もある。

母から心配されて、
「大丈夫だって言ってるじゃん!」
となることもある。

姉には……
まあ、姉妹なので色々あります。(笑)

だから私は、
いつも穏やかで、
人に優しくて、
丁寧に暮らしている人ではありません。
むしろ、
できない日のほうが多いかもしれない。

それでも私は、
「ちょっとだけ丁寧に人と関わる」
ということを、
結構大事にしています。

仕事では、できるのに。
仕事で誰かに何かをお願いするとき、
私は結構丁寧に考えます。

この人には、
どう伝えたら動きやすいかな。
何のためにやるのか、
先に共有したほうがいいかな。
不安がありそうなら、
ここまで説明したほうがいいかな。

つまり、
お願いする前に、相手の心を置き去りにしない。
接客やエンタメの現場では、
それを当たり前のようにやってきました。

だったら、
家でもやってみたらいいじゃん。

そう思って、
旦那さんにも。
娘にも。
心配性の母にも。
ちょっと気難しい姉にも。(笑)
少しずつ試すようになりました。

すると、生活がちょっとだけうまくいきだした。
別に、
家族全員が突然、
仏のようになったわけではありません。(笑)

旦那さんは旦那さん。
母は心配する。
姉は姉。
娘は言うことを聞かない。
何も変わってないように見える。

でも、
私の感じ方が変わりました。

ちゃんと伝えた。
相手の話も聞いた。
できる範囲で丁寧に接した。

それでもうまくいかなかったら、
「まあ、仕方ないか」
と思えるようになった。
これ、私にとってはかなり大きな変化でした。

「ここまでやったんだから、まあいっか。」

昔の私は、
何か嫌なことがあると、
「あの言い方が悪かったかな」
「こうすればよかったかな」
と、
あとから頭の中で反省会を開催するタイプでした。

しかも、
まあまあ長時間開催される。(笑)

でも今は、
できる範囲で相手を大切にして、
できる範囲で言葉を選んで、
できる範囲で心を送る。

そこまでやったら、
あとは、
「まあいっか。」

もちろん反省することはする。
謝るときは謝る。
でも、
必要以上に自分を責めなくなりました。

いいことって、ちょっと巡ってくる気がする。
これは科学的な話でも、
成功法則でもありません。
完全に私の感覚です。

でも、
人にちょっと優しくすると、
なぜか別のところから、
ちょっと優しいものが返ってくることがある。

自分が誰かを助けた日に、
別の誰かが自分を助けてくれたり。

「ありがとう」と伝えたら、
全然違うところで、
「ありがとう」をもらったり。

私はこれを勝手に、
「恩めぐり」
みたいに思っています。

誰かに送ったものが、
その人からそのまま返ってくるとは限らない。

でも、
どこかをぐるっと回って、
いつか誰かの優しさになって、
また自分のところにも届く。
そんなことが、
本当にある気がしています。

ちょっとスピリチュアルっぽい?
……まあ、
「心送り研究所」なので許してください。(笑)

私がポジティブになった理由
私は昔から、
ずっとポジティブだったわけではありません。

むしろ、
考えすぎることもあるし、
心配になることもある。

でも今、
昔よりネガティブになる回数が減ったのは、
自分でも分かります。

その理由を考えると、
たぶん、
人生には「どうにもならないこと」がある
と知ったからだと思います。

私は父を病気で亡くしました。
そして、
大切だった彼を事故で亡くした経験もあります。

昨日までいた人が、
今日はいない。
話したいと思っても、
もう話せない。
伝えたいと思っても、
もう伝えられない。
そんな経験をすると、
当たり前だった毎日が、
実は全然当たり前じゃなかったことに気づきます。

「死ぬこと以外かすり傷」

この言葉、
乱暴に聞こえるかもしれません。

もちろん、
生きていたって本当に苦しいことはある。
だから、
全部を「かすり傷」だなんて簡単には言えない。

それでも私自身は、
大切な人を失った経験から、
「生きているなら、まだできることがある」
と思うようになりました。

失敗したっていい。
恥をかいたっていい。
ケンカしたって、
まだ謝れる。
言いすぎたなら、
「ごめん」って言える。
好きなら、
「好き」って言える。
ありがとうも、
まだ言える。
生きている人同士なら、まだ続きを作れる。
私はそう思っています。

だから、人生は大胆にいきたい。
失敗しないように、
嫌われないように、
恥をかかないように、
ずっと小さく生きるより、
やりたいことはやってみたい。
会いたい人には会いたい。
行きたいところには行きたい。
笑える日は思いっきり笑いたい。
人生は大胆に。

でも、
大胆に生きるからこそ、
一緒に生きてくれている人たちとの関係は、
雑にしたくない。
旦那さんも。
娘も。
母も。
姉も。
友達も。
仕事で出会う人も。
いつまで一緒にいられるかなんて、
誰にも分からないから。
だから、
人との関係は綿密に。

今日の心送り
明日も会える。
また今度言えばいい。
いつでも謝れる。
私は昔、
なんとなくそう思っていました。
でも、
「また今度」が来ないこともある。

だから、
完璧じゃなくていいから、
今日できる小さなことを、
今日やっておきたい。
「ありがとう」
「ごめんね」
「助かった」
「大丈夫?」
「おかえり」
たった一言でもいい。

できない日は、
もちろんある。
私もある。
でも、
思い出した日に、またやればいい。
それが私の、
「心送り」です。

人生は大胆に。
人との関係は綿密に。
親しき仲にも、ホスピタリティ。
そして、
今、一緒にいられる人を、
ちょっとだけ大切に。

次回。
そんな私の人生観に、
かなり影響を与えた映画があります。
『アバウト・タイム』。
過去に戻れる力を持った主人公が、
最後にたどり着いたのは、
過去を完璧にやり直すことではありませんでした。
私がこの映画を観て思ったのは、
「人生をもう一度やり直せるとしても、今日を丁寧に生きるほうがいいのかもしれない」
ということ。

第6話は、
「もし今日をもう一度やり直せるとしても。」
何もかも一度きりだから尊い。
失敗も含めて、
今を楽しみたいと思うようになった話を書きます。

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