柴犬 愛輝の犬聞録|ボクの知らない世界の歩き方。〜空飛ぶクレートは魔法の箱〜
ボクは愛輝。乗り物が大好き。旅行も大好きな柴犬だ。
車、バス、電車、そして船にも乗ったことがある。
窓の外を流れていく景色を眺め、
風に乗ってやってくる新しい匂いを嗅ぐのは、
最高に楽しい時間だった。
けれど、ひとつだけどうしても正体が掴めない乗り物があった。
「飛行機」という名の、巨大な鉄の鳥だ。

photo by k
🐾 旅は赤い箱から始まる
旅の気配は、出発の一週間くらい前から部屋の中に漂い始める。
カオリちゃんがクローゼットの奥から、
大きな赤い箱を引っ張り出してくるんだ。
それが「飛行機に乗る」っていう合図だった。
その箱が部屋の真ん中で
パカッと口を開けた瞬間から、ボクは落ち着かない。
赤い箱のそばを離れず、中身が詰められていく様子をじっと見守る。
一緒に行けるかどうかがわかる、最高にドキドキする時間だ。

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いつまでたってもボクのものが入らないと、急に不安になる。
そうなると、もうダメだ。
ボクは徹底的にしょぼくれてみせる。
カオリちゃんの靴を持ち出して、その上に、わざと顎をのせる。
ボクなりの、小さな抵抗だ。

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でも、ボクの荷物が入った瞬間、世界はパッと明るくなる。
カオリちゃんが「おでかけ」と言う。
「おでかけ」。
それは、ボクが世界で一番好きな言葉だ。
🐾 空飛ぶVIPルームと、魔法の種明かし
出発は、朝早いか夜遅いことが多かった。
移動中にボクが眠れるように、というカオリちゃんなりの工夫らしい。
家を出る前も、空港についてからも、
チェックインの直前まで、
カオリちゃんは何度もお散歩に付き合ってくれた。
「今のうちに体力を使い切ってね」
「タンクを空っぽにしてね」
そんな無言のメッセージを受け取りながら、
これでもかというほどボクは歩く。
最後はへとへとだ。
普段なら寝ている時間だから、
途中からは正直ちょっと眠かった。

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そのあとボクは「クレート」という箱に入る。
中はくるっと回れるくらい広くて、意外と快適だ。
トイレシートを敷いてくれてたけれど、
ボクはプライドにかけて、それを一度も汚したことはない。
ノズル式の水飲みが苦手だった。
練習もしたけれど、どうしても無理だった。
だからカオリちゃんは、水をカチコチに凍らせて入れてくれていた。
寂しくないようにと、カオリちゃんのTシャツも入っていたけれど、
それは正直あまり関係なかった気がする。

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🐾「VIPルーム」で過ごす、謎だらけの時間
箱の扉が閉まると、しばらくカオリちゃんとはお別れだ。
ボクは「VIP待遇」で運ばれて、不思議な「VIPルーム」に通される。

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「VIPルーム」の中は電気もついていて、
温度もちゃんと調整されていた。
でも、景色は見えない。
突然「ゴーーー」という低い音が響き始める。
体がふわっと浮くような変な感覚がして、
箱ごと少し斜めになる。
そこからは、しばらく「ゴーーー」という音と一緒に過ごすことになる。
しばらくすると、地面を叩く「ドン!」という大きな衝撃。
ボクはクレートの中でふんばる。
体が前のめりになるけれど、クレートはしっかり固定されているから、
滑り落ちることはない。
他にも、まだまだいつもと違うことがある。
でもまぁ、細かいことはよくわからない。
🐾 乗り換えという、もうひとつの冒険
乗り換えが無事に終わると、カオリちゃんのところに連絡がいくんだ。 カオリちゃんは、この瞬間がいちばん緊張していたと思う。
それでも、乗り換えに間に合わなかったことは一度もない。
(カオリちゃんの赤い箱は、時々出てこないことがあったけれど。)

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🐾扉の向こうに、世界がある
目的地に着くと、ボクは大きな荷物たちと一緒に運ばれる。
一度、周りが全部大きな楽器に囲まれていたこともあった。
バイオリンやチェロと一緒に運ばれるなんて、
ボクもなかなか風流な犬だ。
ここでカオリちゃんが迎えに来てくれるのを待つ時間は、
一秒一秒が途方もなく長く感じる。

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「愛輝くん、がんばったねぇ! がんばった、がんばった!」
カオリちゃんがそう言いながら迎えに来てくれる。
会えた瞬間はやっぱり嬉しい。
箱の中で尻尾がブンブン動いて、止まらなかった。
「ここはどこ?」 そんな疑問はどうでもいい。
それにしても不思議だ。
寝て起きたら、知らない世界に変わっている。
どうやってここに来たのかは、永遠に謎のままなんだ。

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まぁ、あんまり考えすぎないほうがいい。
世界は案外、そのままで動いていく。
わからないままでも、生きていけるものなんだ。
※ひとつだけ補足です。
犬との渡航、とくに飛行機は大変で、準備にも時間と労力がかかります。そして、すべてのワンちゃんが飛行機に向いているわけではありません。泣き続けてしまう子や、怖がってしまう子も、空港でたくさん見ました。
愛輝くんは、知らない世界を怖がらない子で、どんな場所でも自分のペースでいられる子でした。もしそうでなかったら、私は飛行機に乗せることは絶対しなかったと思います。
この物語は「愛輝くんだからできたこと」として読んでいただけたら嬉しいです。
山木かおり

最後まで読んでいただきありがとうございました!
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