《ビジネス羅針盤》日経「代償伴う米の外交官軽視」を読み直す

日経を読み直すノート(2025年11月28日)

【テーマ】
米外交官軽視と“特使の時代”がもたらす代償

【対象地域/キーワード】
地域 米国/ロシア/欧州/アフリカ
キーワード 外交官軽視/ディープステート/特使外交/ウクライナ和平
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第1部 対象記事の概要

本稿で取り上げるのは、2025年11月28日付日本経済新聞朝刊に掲載された、英フィナンシャル・タイムズ紙フォーリン・エディター、アレック・ラッセルによる寄稿「代償伴う米の外交官軽視」である。

記事は、ワシントンの国務省で今いちばん忙しいのは職員食堂だ、という自嘲気味のジョークから始まる。経験豊富な外交官が「本来の仕事」を剥ぎ取られ、食堂で時間をつぶす姿をイメージさせる導入だ。彼らは政権から「ディープステート」の疑いをかけられるのを恐れ、積極的に動くことを控えている。そうした空白を埋める形で、トランプ大統領の長年の友人である不動産王ウィットコフ氏や、娘婿のクシュナー氏といった“特使”が、ロシアとのウクライナ和平交渉を含む重要案件を取り仕切っている、という構図が描かれる。

背景としてあるのは、第二次トランプ政権の下で急速に進む官僚機構の「粛清」である。国務省では要職の空席が埋まらないまま、ベテラン外交官の多くが脇に追いやられた。これは単なる効率化ではなく、政権に批判的とみなされる人材を排除し、忠誠心の高い側近に外交を委ねる路線だと筆者はみている。

ラッセルは、問題の骨格を次のように整理している。第一に、トランプ政権は既存の外交官組織を不信の目で見ており、「ディープステート」として攻撃している。第二に、その結果として、ロシア・ウクライナ和平のような重大案件が、制度の外側にいる個人的な友人やビジネスマンに託されている。第三に、こうした“特使外交”は、大統領との距離の近さという強みを持つ一方で、歴史認識の浅さや同盟国の信頼低下という大きなリスクを孕む。最後に、世界が不安定さを増すなかで、実は米国ほどプロの外交官を必要としている国はないのではないか、というのが筆者の結論である。

記事は、ボスニア和平のデイトン合意をまとめたホルブルック元国務次官の名前を引きつつ、「押しの強さ」と同時に長年の外交経験からくる洞察力こそが交渉力の源泉だったと評価する。他方、現在の特使たちはビジネスや投資案件に偏った関心を持つと見られ、和平案の公平性や細部への配慮が損なわれるおそれがある、と警鐘を鳴らしている。

第2部 論点の整理

この記事を読んでいて、違和感と共感が入り混じる。共感するのは、プロフェッショナルな外交官組織を壊すことのリスクを正面から描いている点だ。実際、アメリカ外交官協会が2025年に実施した調査では、外交官の98%が「士気が低下した」と答え、8割以上が政権の改革によって任務遂行能力が損なわれたと感じている(Kelemen 2025, para.4)。これは記事の描写を裏づける数字だろう。

一方で、記事は米国の「今」を描くあまり、外交官組織の側に内在する問題にはあまり踏み込んでいない。たとえば、冷戦後のアメリカ外交はしばしば「民主化」や「人権」を掲げながら、現地社会の複雑さを十分に理解しないまま介入を進めたという批判がある(Stanzel 2018, 5)。ホルブルックの手腕も、ボスニアの戦争を終わらせたという評価と同時に、長期的な統治の難しさを残したという指摘がある(Dudley 2023, 18)。外交官が常に善玉とは限らない。

また、トランプ政権の「特使外交」は、まったくの白紙から突然現れたものではなく、オバマ政権以前から続いてきた「特別代表」「特別調整官」の乱立の延長線上にもある。特使は、官僚機構の縦割りを超えて迅速に動けるという利点も持つ(Lyman 2014, 3)。ラッセルはそのポジティブな側面にほとんど触れていないので、読者は「特使=悪」と単純に受け止めかねない。

もう一つ気になるのは、「同盟国の信頼」という論点の扱い方である。記事は、オランダの情報機関が米国との情報共有に慎重になっているケースを紹介し、同盟国の不信感を象徴的に描いている。しかし、同盟国の対米観は決して一枚岩ではない。たとえばインド太平洋地域では、中国への警戒から対米同盟の価値をむしろ再確認する動きもみられる(Grossman 2023, 4)。ヨーロッパの一部における不信と、アジアでの依存の深まりというコントラストをどう評価するか、という視点があると議論が立体的になったはずだ。

最後に、記事全体には「トランプの気まぐれと、それに翻弄される官僚機構」という図式が色濃くにじむ。もちろん、その構図自体は現実の一部をよく捉えている。実際、トランプは「ディープステートを解体する」と繰り返し宣言し、官僚の大量解雇や人事介入を通じて、専門官僚の権限を削ごうとしてきた(CREW 2024, para.2)(Reuters 2025, para.3)。ただ、その背景には、戦後長く続いた「官僚任せの外交」への不信や、エリート主義への反発という、米国内政治の構造的な要因もある。その点は、もう少し政治社会学的に掘り下げてもよかったのではないか。

第3部 本当に必要な箇所を精密に批評

記事のなかで象徴的なのは、「大統領の気まぐれな関心を引かない問題は見過ごされかねない」という指摘だろう。
ここで念頭に置かれているのは、アフガニスタンやサヘル地域の治安悪化とテロリスクだ。ウクライナ和平という派手な舞台の裏で、じわじわと進む地域不安定化に誰が目を配るのか、という問いかけである。

この一節が重要なのは、外交の「見える成果」偏重の危うさを突いているからだ。鉱物資源のディールや移民抑制の数字、あるいはノーベル平和賞に結びつきそうな大国間合意は、政治的な宣伝効果が大きい。しかし、国家崩壊の進む地域での地道な治安協力や人道支援ほど、短期的な「成果」として見えにくいものはない。実際、サヘル地域では国際社会の関与が揺らぐなかで、クーデターやロシア民間軍事会社の進出が重なり、長期的な不安定要因となっている(Stanzel 2018, 20)。

ただし、この記事はその問題を「トランプの無関心」にほぼ還元してしまっている。だが、アフガニスタン撤退を含む「中東・アフリカからの距離の取り方」は、バイデン政権以前からアメリカ外交全体の流れでもあった(Mitchell 2025, 6)。民主・共和を問わず、米国内では「対テロ戦争」に疲れた有権者の意識があり、外交資源を対中競争に振り向けるべきだという合意も広がっていた。その意味では、「気まぐれな大統領」という個人に全ての責任をかぶせるより、米国のパワーと関心の配分の変化という構造的要因を指摘した方が説得力が増したはずだ。

もう一つ、記事がさりげなく提示する「外交官の役割」観も興味深い。ホルブルックについて、長年の経験があったからこそ押しの強さが意味を持ったと評価するくだりは、専門性と政治的な胆力の両方が必要だという含意を持っている。ここまではうなずける。しかし現代外交は、多国間交渉や市民社会との関与、デジタル情報空間での戦いなど、従来の二国間外交とは違う能力セットも求められている(Stanzel 2018, 7)(Stanzel 2018, 25)。単に「昔の名外交官のような人がいなくなった」と嘆くのではなく、必要とされる能力がどう変わっているのか、という視点があれば、外交官再評価の議論ももっと前向きになったのではないかと思う。

第4部 代替案・別の見方

もし自分が同じテーマで解説記事を書くなら、「外交官軽視」の批判だけで終わらせず、少なくとも次の三つの軸で構成すると思う。

一つ目は、「専門性に対する攻撃」がなぜここまで広がったのか、国内政治の文脈から整理することだ。トランプの「ディープステート解体」路線は、エリートや専門家に対する長年の不信を土台としている(GovExec 2017, para.6)。財政赤字の拡大やイラク戦争の失敗など、官僚や専門家の判断への失望が積み重なった結果として、官僚機構全体が「敵」とラベリングされやすくなった。これを単なるポピュリズムの暴走ではなく、民主主義社会における「専門家と有権者の距離」の問題として描くことで、読者が自分事として考えやすくなる。

二つ目は、「特使外交」のプラスとマイナスを対比させることだ。たとえばホルブルック自身も、ボスニア和平では「特別交渉官」という立場で官僚機構の縦割りを乗り越えた(PBS 2010, para.3)。近年の研究でも、限定された任務と強い権限を持つ特使は、複雑な紛争調停に一定の効果を発揮しうるとされる(Dudley 2023, 22)。問題は、トランプ政権下で特使が「専門性」ではなく「忠誠心」基準で選ばれている点だろう。この違いを強調すれば、「特使か外交官か」という二者択一ではなく、「どういう条件を満たす特使なら有効か」という建設的な議論につながる。

三つ目は、「同盟国の信頼のゆらぎ」をより多面的に描くことだ。ヨーロッパでの不信と同時に、インド太平洋では対中抑止の観点から米軍駐留や安全保障協力を歓迎する声も強い(Goh 2020, 11)(Grossman 2023, 6)。同盟とは、単に「アメリカを信頼するかしないか」の二択ではなく、さまざまな分野での利害計算の積み重ねだ。どの分野で信頼が損なわれ、どこでは依存が続いているのかを整理することで、読者は「ポスト・アメリカ時代」の世界秩序をより具体的にイメージできるはずだ。

そして記事の締めくくりでは、「外交官を守れ」というスローガンで終わるのではなく、「専門性を生かしつつ、民主的な統制も効かせるにはどうするか」という問いを置きたい。トランプによる大規模な解雇や人事介入が、制度そのものを弱体化させているという批判はもっともだ(US Senate 2020, 12)(Reuters 2025, para.4)。しかし同時に、外交官側にも説明責任や透明性を高める努力が求められる。たとえば政策決定のプロセスをよりオープンにし、現場の判断がどのような情報と価値観にもとづいているのかを市民に説明していくことだ。

「不機嫌で気まぐれな大統領の時代だからこそ外交官が必要だ」というラッセルの結語は、たしかに胸に響く。ただ、そこで思考を止めず、「なぜ私たちは専門家を必要とし、同時に疑うのか」という二重の感情をどう扱うか。その問いを掘り下げることこそ、日本の読者にとっての“読み直し”になるのではないかと思う。

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