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『伊藤典夫評論集成』紹介①

文=樽本周馬(国書刊行会編集部・『伊藤典夫評論集成』編集担当)

 1960年代より日本SF第一世代の最年少メンバーとして活躍、アーサー・C・クラーク『2001年宇宙の旅』やカート・ヴォネガット・ジュニア『猫のゆりかご』、レイ・ブラッドベリ『華氏451度』、サミュエル・R・ディレイニー『アインシュタイン交点』などの名SFの翻訳で知られる、海外SF翻訳・評論の第一人者:伊藤典夫(1942年生まれ)。『伊藤典夫評論集成』は、待望の初の著書にして決定版評論集成となります。

『伊藤典夫評論集成』函(装幀:山田英春)
『伊藤典夫評論集成』表紙(左:表、右:背)布クロス装・銀箔押し
イラストレーションは真鍋博によるもの(「SFマガジン」連載・「SFスキャナー」より)

 数多くの海外SF翻訳書がある伊藤典夫ですが、その評論・エッセイなどを収めた著書は今まで刊行されていませんでした。本書は、1960年代より「SFマガジン」に連載された未訳海外SF紹介コラム「SFスキャナー」完全収録の他、同人誌「宇宙塵」への15歳時の初投稿から、評論・エッセイ・書評・映画評・旅行記まであらゆる文章を集大成しています。その結果、本文ページ数はなんと1412ページ!(2段組) 定価も本体20000円(+税)ということで、気にはなりつつも、購入を迷っておられる方が少なからずおられると思います。また「評論集成」という書名から「難しい論文ばかりなのでは?」「伊藤典夫訳の海外SFは好きだけど、評論は関係ないかな?」と思っておられる方もいるのではないでしょうか。そもそも伊藤典夫って誰なんだ?という方もおられるでしょう。

 そこで、そうした疑問・悩み・逡巡を解消していただくために、これから数回に分けてお試し・立ち読み・サンプラーとして『伊藤典夫評論集成』の収録文章を紹介してまいります。
 まずは、巻末の鏡明・高橋良平による「解説対談 伊藤典夫とは一体何者なのか?」の前半の一部を掲載します。鏡明・高橋良平のお二人は、長らくSF評論・SF翻訳・SF編集という側面から、また何よりもSF仲間として伊藤典夫と関係が深い方々です。この対談は、本書の成り立ちから、日本SF界における伊藤典夫の位置など、本書にとって手引となる内容になっています。

解説対談 伊藤典夫とは一体何者なのか? 
鏡明・高橋良平

*刊行の経緯
鏡明 まず訊いておきたいことがある。最初に刊行企画を聞いたとき、びっくりした。ついに伊藤典夫の本が出るのかと。で、実際にこの一二〇〇頁を超えるゲラ(校正刷り)を見ると、もう正気ではないような(笑)感じがする本になる。どうして伊藤典夫の本はもう出ないだろうなと思っていたかというと、伊藤さんというのは常に新しく改訂する人、ものすごく諦めの悪い人、悪い趣味といっちゃ悪いけど(笑)常に新しい情報、新しい考え方を足していかないと満足できない人です。だから単行本は永遠に出ないだろうと思っていたわけ。何十年も前にもこの本の企画はあったと思うんだが、結局出なかった。そこで、なぜついに出ることになったのか、その経緯を知りたいんです。
高橋良平 伊藤典夫の単行本企画は、もともと東京創元社で進んでいたんです。八〇年代の半ばに、東京創元社の編集部長だった戸川安宣さんから何かやりたい企画ないですかときかれたのね。それで、伊藤さんと浅倉さんの翻訳リストの私家版(一九八五年八月刊)を作ったり、下準備をしていたこともあって、伊藤さんの「SFスキャナー」をまとめた本と、野田昌宏さんの「SF実験室」をまとめた本 ―― つまりどちらも「SFマガジン」連載をまとめたものですね ―― それから、引用が多いのでちょっと難しいかもしれないけど浅倉久志さんの本、この三冊を創元の〈キイ・ライブラリー〉という叢書でどうか、と提案した。その後、野田さんの本は企画通りに創元から『「科學小説」神髄 アメリカSFの源流』というタイトルで一九九五年にようやく出ました。浅倉さんのほうは、創元では出なかったけど、二〇〇六年に国書刊行会から『ぼくがカンガルーに出会ったころ』として出た。 それで伊藤さんの本は「SFスキャナー」傑作選と「エンサイクロペディア・ファンタスティカ」の「宇宙製造者たち1~8」という構成で、鏡さんとぼくとで「SFスキャナー」を二十本選んだ。
 えっ、まずいな。全然おぼえてない(笑)。
国書刊行会編集部(以下 ―― ) 鏡さんは当時「本の雑誌」の連載エッセイ「連続的SF話」(一九八四年三十八号)にこう書いていますね ―― 〈高橋良平と、というよりも、ほとんど彼が一人でやってるみたいなものですが、伊藤典夫のエッセイ集というか、評論集を、造ってみたい、そう思いたって、作業を初めたばかり、とりあえず出版元の予定は立っているのだけれども、どうなりますか、とにかく内容を決めるのも大仕事。伊藤典夫という翻訳家/紹介者/評論家/研究者が、日本のSFにとって、どのような影響を持った存在であったか、あるいはまた、ぼくと同じ世代に入るSFファンたちが、どんなに伊藤典夫のSFスキャナーを楽しみにしていたか、そしてどれほど彼の仕事を意識していたか、それがわかるようなものにしたいんですけどねえ〉。
 うーむ、それを書いたこともおぼえてない(笑)。
高橋  二人で分担して二十本のコラムにそれぞれ解説まで書いたんですよ(笑)。それは今も残っているので、後で紹介することにしましょう。で、伊藤さんにゲラを渡したら必ず本文をアップデートしちゃう、当時と考え方が変わった部分もどんどん書き直しちゃうから、伊藤さんには渡さずに、後
で内容についてのコメントをもらおうと決まったんです。鏡さんの本もそうだったでしょう。
 わたしの本(『二十世紀から出てきたところだけれども、なんだか似たような気分』二〇一〇年)も本の雑誌社で告知してからちょっと時間がかかったけれど、出たときは同じようなスタイルだった。つまり、連載からセレクトして、本文を直さずに、追記を入れるという形にした。
高橋 伊藤さんが常に手を入れるのはなぜか、というと翻訳家としての経験から、なんですよね。六〇年代に早川書房が出していた海外SFは、たちまち重版なんてない時代、数年経ってようやく、というのが当たり前だったから、重版の際に訳者に渡して修正があれば誤訳ばかりか、いろいろ手を入れても許された。で、浅倉久志さんもそうなんだけど、みんな直しちゃうのね。一回出たものでも重版の際に直せる、そういうことが出来ると分かってしまった(笑)。良心的なんですけどね。七〇年代以降は、版を変えると費用がかかるし、全面的に直すなら新版となりますけどね。だいたい、六〇年代に早川で翻訳をやっていた人はみんな直す傾向があるよね。その中で特に伊藤さんはすごかったと聞いています。だから、絶対に伊藤さんにゲラは渡さないように!(笑)とだけ東京創元社の編集者に厳重に伝えていたんです。その後、理由は知らないけど、創元は実作業を綺譚社に編集を任せることになって、当時のメモによると、八六年の五月十四日に「SFマガジン」のコピーと鏡さんとの解説原稿をまとめて綺譚社の秋山協一郎さんに渡したんです。
 綺譚社はワセダ・ミステリ・クラブの後輩で友人の秋山協一郎がやっていた出版社で、編集の手伝いもしていた。「綺譚」という雑誌から始まったものだけれども、元々わたしが読みたくなる雑誌を作りたいと言い出したことがきっかけで産まれた雑誌。実際には秋山が全てやってくれたわけで、ありがたかったし、申し訳なかったと思っている。
高橋 そしたら綺譚社の担当者がゲラを伊藤さんに渡しちゃった(笑)。もちろん伊藤さんが「手を加えたい」と言い出して、一年後伊藤さんから改稿のサンプルが送られてきて、それを知った我々は「ああーっ」となって。で、案の定、全面的に書き直しが始まったわけ。その作業も終わらず、結局そのまま棚上げになってしまった。それから数十年たって、国書刊行会の樽本さんがこういう企画があったというのをどこからか聞きつけて(笑)、国書で出そうということになったと。それが二〇〇五年あたりですね。
――― 七〇年代に、奇想天外社から伊藤さんの評論集が出るという告知がありましたよね。『SFファンサイクロペディア(仮題)』というタイトルで、「英米SF研究家として第一人者の筆者が、長年に渡る膨大な蓄積を吐露する、海外SFの手引き。SFという広範な文学を捉えなおすための恰好のガイドブック」という説明も載っていましたが(『奇想天外SF放談集』巻末広告より)。
高橋 それはアドバルーンだと思う。つまり、具体的に企画が進行してたわけじゃなくて、奇想天外叢書の点数合わせでタイトルと説明だけ告知するという。伊藤さんの本を出したいなという話はあったと思いますけどね。
 なるほど、とにかく高橋良平が苦労したというのはよく分かった(笑)。商業雑誌だけじゃなくて「宇宙塵」「宇宙気流」、それからいろんな小さなファンジンの文章も載っているけれど、これは伊藤さんが持っていたの?
――― いえ、伊藤さんは初期の資料をほとんどお持ちでないので、ファンジン類は大森望さん、牧眞司さん、森東作さん他、複数の方々からお借りしました。
高橋 一応改めて説明しておくと、集成ということで伊藤さんが書いた文章はすべて入れるという方針なわけですが、伊藤さんが手がけた翻訳単行本・文庫の訳者あとがき、他の訳書の解説、それから「SFマガジン」掲載の翻訳短篇の解説 ―― 「人と作品」というやつですね ―― は収録されてません。そういうものを入れると分量が倍になるらしい(笑)。あと、対談・座談会も外している。
 そういうものを除けばほぼ収録されているというわけだ。ほんとなら、七〇年代、八〇年代、九〇年代……と各年代に文章をまとめたものが出ていれば良かったんだけどね。しかし、我々は伊藤典夫の著作集は幻になるだろうと思っていたから、今回ようやく集成が出ると聞いて極めて嬉しかったね。
高橋 今回の集成は過去の失敗に学んで(笑)、元の文章は掲載時そのままで、ただし取り上げた当時未訳の作品や本でその後翻訳が出たものを脚注で示すという形になっています。
 基本的には元の文章は直さないほうがいいだろう。伊藤典夫の歴史は日本SFの歴史のかなりの部分を占めているわけで、手直ししはじめると、それが歪みはじめると思う。
高橋 それはぼくも野田さんの本で感じたんです。『SF英雄群像』(早川書房)、あれは「SFマガジン」の連載コラムを元にしてるんだけど、手を加えて、本人も書いているけど「まったくあたらしいものに書きかえて」いるのね。でも、いかにもというまとまりをつけちゃうと、ぼくらが雑誌で読んだときのヴィヴィッドな面白さが消えてしまう。
 そのとおりだろう。だから、元の文章はそのままで、今の考えなりコメントなりを注でつけるのが一番いいと思うけど、それをやるとまた出なくなるか(笑)。紹介された未訳作品でその後訳されたものを脚注でつけるというのは、これはこれで便利でいいと思う。

*SFにとって伊藤典夫という存在
 なぜ今、伊藤典夫の本が出るのか? 出す必要があるのか? という根本的な問いを考えてみたい。というのは、さっきも言ったように各年代に文章をまとめた本が今まで出なかったこともあって、伊藤典夫はいったい何者なんだというのが分かりづらくなっている。もちろん名翻訳家として知られてはいるけれど、それ以外の部分も本当に重要なんだ。日本のSFのかなりの部分を伊藤典夫が支えてきた、というと作家たちは怒るかもしれないけど、我々読者からすると、伊藤典夫の歴史観、SF史観がはっきりあったことが重要だった。今や当たり前になっているけれど、たとえばガーンズバックから始まってキャンベル・ジュニアがきて、その後にいろんなSF雑誌が出て ―― 伊藤さんが「ギャラクシー」を評価しているのが意外だったけど ―― 英米のSFが辿ってきた道というのを一つの流れとして提示してくれたのは、我々にとってはすごく大きかった。伊藤さんが書く文章を読みながら、そういう歴史の流れが頭に入ってくる。で、日本のSFを読むときも、それがどこかに常に残っている。日本のSFの歴史は、逆に言うと、あえてバラバラになっている感じがある。つまり、作家の集合体が日本SFの歴史を形づくっている気がしていて、最初のSF作家クラブの方針としてお互いにカテゴリーはかぶらない、それぞれが自分のSFを書いていくというやり方をしていた。だからなかなか英米のSFのように歴史をたどるわけにはいかなかった。けれども、その脇に伊藤典夫のSF史観があったおかげで、ずいぶん助かった。
 そうした伊藤典夫のSF史観が大きく変わったのが、六〇年代のニュー・ウェーブだったと思う。ニュー・ウェーブは英米のSFにとってインパクトがあったのは確かなんだけど、日本のSFにはどうだったか?というと微妙なところがある。でも、伊藤典夫がニューウェーブ運動を翻訳なり紹介なりであれだけ大きな声で取り上げたことは、その後の世代の日本の作家、作品に大きな影響を与えているという気がする。
 最近中国のSF、たとえば『三体』(劉慈欣、早川書房)を読んでても、欧米の新しいSFの影響をすごく感じる。かつての香港の作家たちのSFはどっちかというと古いSFだった気がするけど、中国のSFは新しいSFのエッセンスを吸収してすごく大きくなった。かつての日本のSFも同じような傾向があって、それを牽引したのは伊藤典夫だと思う。そういう意味では、日本のSFのファンであったり、それに関わるような人たちは伊藤典夫をもう一回きちんと読んでおいたほうがいい。
 最近のSFについて思うのは、SFのある種の枠組を踏まえた上で違うものを書いていく、必ずしもSFとは思えないものも生まれてきている。で、その枠組がどこから来たのか、というと、伊藤典夫だと思っている。つまり、日本でSFという概念を形作ったのは伊藤典夫なんじゃないか。そこまで言うと褒めすぎになるか(笑)。とにかく伊藤典夫が果たした役割はすごく大きかった。
高橋 それは絶対にありますね。「マガジン走査線」というのがプロとしての最初の本格的な大きな評論というかコラムなんですが、一九六四年の時点で、日本はもちろん海外でも確固としたSF史観はないし、SF論とかガイドブックなんかも本当に数えるぐらいしかないのね。それも大学生の卒論みたいな、どっかから引き写してまとめたような、史観なんて皆無のものばかりで。それは実は福島正実の解説もそうだったと思う。何かお手本があって、教科書を読んでまとめている、という感じがするんですよ。でも、伊藤さんの場合は、とにかく自分で原書を探しまくって、読みまくって、自分で地図を作っている感じがする。そうやって、海外にもないSF史観を作ってしまった。
 それはそうかもしれない。でも、それは特殊な史観ではなくて、その後の時代に本国の人たちが書いたSF史とあまり変わらない。つまり正統的なものの見方が伊藤典夫には最初からあった気がする。
高橋 確かな審美眼があるんですよね。評価の仕方がものすごく厳しい。伊藤さんは原書を読むと必ず要約や感想を書くんです。で、Aプラスとか点をつける。それでBプラス以上でないと翻訳をしないし、推薦もしないんだよね。
 どういう作品がいいと思うのか、その判断が正統的というしかない。その洞察力、評価をする眼の確かさは、かなり若い頃から、それこそ十代の頃からあったというのが、最初の「宇宙塵」「宇宙気流」掲載の文章を見るとわかる。当時、「宇宙塵」の会合に伊藤さんが初めて顔を出したとき、みんな三十代のおっさんが来ると思ってたら可愛らしい高校生が来てびっくりしたという逸話がある(笑)。早熟なんだよね。浅倉久志さんも伊藤さんと同様に浜松に住んでいて、プロになる前から交流があったわけだけど、浅倉さんも早熟なんです。でも浅倉さんのほうはどちらというと大人の風格があって、ソフィスティケートされたものへの感覚がすごく鋭い。別に浜松がそういう人を育てる土壌であるとは思わないけど(笑)。まあ、二人とも天才ということなんだろうね。天才の一言で片付けるのは安易だけれど。
高橋 浜松には米軍基地があるのが大きいんですよね。米軍基地から流れてくる原書が古本屋にあって、それを浅倉さんに先に目をつけられて買われたり(笑)。浅倉さんは大阪に住んでいた頃から原書漁りをしてたんですね。どういうジャンルかというと、ハードボイルド。ミステリを読むんだけど、その中から自分が好きなのはハードボイルド系のものだと気づく。それでちょっとハードボイルドに飽きたところにSFを読むようになって、これが面白いとなってハマってかなりなコレクションになっていたそうです。
 伊藤さんと話していて驚くのは、年代、年号が調べることなく出てくることだった。一九四五年のこれは、とかすぐに出てくる。それが不思議だったけど、年代といった知識が頭に入っていることが、やっぱり一つの歴史観を作ってるんだろうな。何年も前に山田正紀が怒っていた、というか苛立っていたのは、自分が書いたものが年代的に早いのに、後から出てきたものの真似みたいな言われ方をする、というわけ。それは今の時代は特に起こりがちだと思う。インターネットって何でも並列に出てしまうから。自分が読んだものが一番最初で、実際の歴史とは関係ない形で自分の中に積み重ねてしまう。伊藤典夫はそうではなく常に正当な歴史を頭に入れている。
高橋 伊藤さんは昔からビブリオ(書誌)を作るのが好きだったよね。六〇年代の半ば、野田さんとやっていた「SFセミナー」の翻訳作品をすべて読んでいるのが前提の読書会のため、クラーク、アシモフ、ハインライン、シェクリイらの単行本・全作品目録を原著や雑誌で調べて、『ITOH NORIO’S BIBLIOGRAPHY SERIES』という冊子を作っているんです。クラークなんか改訂増補版まで出してます。
 大好きな故・小鷹信光さんも同じでビブリオを作るのが好きだったけど、全部現物を集めて入手するしかないと言っていた。先行するレファレンスみたいなものがないから。そういう考え方って死ぬまで治らないから、小鷹さんは晩年にもゴールド・メタル全冊揃えるとか、そういう馬鹿じゃないの!? みたいなこと(笑)をやっていた。

*伊藤典夫の評価を気にする
 あらためて読んで感心したのは「宇宙塵」に載った、レムのベスター批判について反論している文章。十九歳の伊藤典夫がレムに対して堂々と反論している(笑)。
高橋 「宇宙塵」で初めて評論の海外SF紹介の連載が始まって、その「Function SF」の第一回ですね(六二年五月号/本書一七頁)。伊藤さんの初めての本格的評論でもありますね。
 さっき言ったけど、十代の頃から確かな眼がある。レムのSFに対する考え方は、SFらしい要素を取り除くと、どうしようもないものしか残らない、昔のものの焼き直しでしかないというものね。結局、冒険小説の現代的なヴァリエーションじゃないか、とか。伊藤典夫はそれがSFのユニークな部分なんだと反論してる。かれは一番最初ベスターにはまってた人だから、ベスターに対する批判に対して過激に反応するわけだ(笑)。でもレムのSF批判というのは、SF全般に対する批判として今でもよく言われることなんだ。たとえば、『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスン、ハヤカワ文庫SF)にしても「要するに西部劇じゃん」とか言われていたけど、西部劇だからどうなんだ、それに加えたディティールだったり、そこで生まれてくる新たな刺激が面白いわけでね。レムの批判は、SFに対するステロタイプの批判なんで、それに伊藤典夫が反発している。しかし十代の頃にこれが出来るのかとは思うね。若書きではなくて、十代でほぼ完全に伊藤典夫の文章になってる。それで、若い頃から権威があるというと変だけど、まぎれもなく第一人者なんだよね。
高橋 「宇宙塵」のお便り欄なんか見るとわかるけど、筒井康隆は伊藤さんが自分の作品についてどう評価するのかというのを気にしていたんですよね。伊藤典夫だったらSFとして甘いとか言うんじゃないか、とかね。小松左京もそうだった。日本SFの第一世代は、どうしても海外のSFを参考にしていて、自分の書いているものがちゃんとSFになっているかどうか、常に不安だったと思うんだよね。それをリトマス試験紙のようにして(笑)伊藤さんに判断してもらうという面があった気がする。
 伊藤典夫による評価というのをみんなある程度認めていたし、絶対な基準点に近かったところもあるかもしれないな。「宇宙塵」の作品レビューとか読むと、意外と厳しいものが多い。どう考えてもファンが書くものじゃなかった。それはある種の水準を保ってものを見ていたということだろうけれど。
高橋  「SFスキャナー」は未訳の海外SFを紹介するコラムなんだけど、その作品の勘所みたいなものが示されているんですね。あらすじよりも導入部だけが紹介されていることが多くて、そこからどう展開するか、それは訳されてのお楽しみ、となる。今の書評とかでネタバレがどうのとか言われるけど、ガイダンスとして非常に優れていた。伊藤さんの紹介文とともに、原書や雑誌のカバーが載っていて、ジーッと眺めていたもんね(笑)。当時、未訳の作品への憧れの力はものすごく強かったわけですね。
 伊藤さんがニュー・ウェーブに出会って結局そうした紹介は終わるわけだけど、それまでの数年に伊藤さんが「SFとはどういうものなのか」というのを地図で描いて見せてくれていた気がする。
 この本を読んで気づいたんだけど、伊藤典夫がアメリカのSFを中心に読み続けて、それを紹介していた期間って、たった七、八年なんだよね。わたしにしてみれば、何十年も続けていたように感じていた。それが、こんなに短い期間だったのか、と驚くしかない。しかし、この集成の中で紹介されている短篇・長篇合わせると、ものすごい量になるよね。こんなにたくさん書名や人の名前が出てくる本、読んだことない。そういう意味でも「奇書」、ありえない本の一つだと思うね。われわれは「SFマガジン」をリアルタイムで読んでいて、そのときはあまり感じなかったけど、こうしてまとまったものを読むと、常軌を逸しているなと。伊藤さんは毎月、一体何冊読んでたんだろうね。雑誌をあれだけ読み切るというのも半端じゃないしね。しかも傑作だけじゃなく駄作だって読まなきゃいけないわけでしょ。
高橋 ダメなものを紹介しているのもまたいいんですよね(笑)。えっ、こんなヒドいものを、という。こんな非科学的だけど、読むと笑っちゃうほど面白い作品とかね。伊藤さんがそうやって傑作から駄作まであらゆるSFを紹介してくれたことで、SFの広い幅を示すことになったと思う。
 わたしが最初に伊藤さんの家にいって借りた本というのが、エドモンド・ハミルトンの『スター・キング』なんです。『スター・キング』は伊藤さんは気に入らなかったらしいけれど、その紹介を見て、絶対に読みたいと思っていた。読みはじめたら、無茶苦茶面白くて、その日自宅に十時頃に帰って、深夜一時ぐらいにはもう読み終わっていた(笑)。それで翌日に、また伊藤さんの家にいって、続篇が載ってる雑誌も何冊かまとめて借りて、あっという間に読んだという記憶がある。これは後にKingdoms of the Stars という本になってますが。読みたいものが伊藤典夫の家にあるというのは、贅沢な状況だった。あと、伊藤典夫は人に本を貸すことにためらいのない人だったので、その後もずいぶん助かりました。

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 解説対談はここまでで8ページとなります(対談全体は34ページあります)。次回(6月26日公開予定)は、対談の中で言及されていた最初の〈SFスキャナー傑作選〉幻の解説と、伊藤典夫の最初の本格的評論であるベスター論を掲載いたします。

また、6月28日(土)には〈SFファン交流会〉にて「『伊藤典夫評論集成』に日本SFの歩みをみる」と題したトークイベントが開催されます(ZOOMによるオンライン開催)。出演は大野万紀(書評家、翻訳家)、大森望(翻訳家、書評家)、白石朗(翻訳家、元編集者)、牧眞司(SF研究家)の各氏と編集担当の樽本です。鏡明さん、高橋良平さんと同様、昔から伊藤典夫と交流のある方々が大いに伊藤典夫を語る貴重なトーク、ぜひご参加ください(参加費は無料です。公式サイトよりご予約ください)。