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海外での「職場いじめ」―ロンドンで味わった静かな孤独と差別。実体験は自国よりさすがにきつかった。



―異国の地では、自国よりもずっと“きつい”ことがある



20代の頃、ロンドンの大学院を卒業した私は、100社以上に履歴書を送りました。


けれど当時はまったく職に就けず、やむなくオランダまで職を得るために渡った日々。


その奮闘記はこちら(長編なので、ショートストーリー的な感覚で、お読みください。若い時の葛藤がかなり伝わると思います)⤵


それから紆余曲折を経て東京で働き、ようやくチャンスを掴んで再びロンドンへ異動。


どうしても、あの頃果たせなかった「ロンドンで働く」という思いを、今度こそ叶えたかった。


あの取れない人生に残してきたしこりを、なんとかしたかった。


その願いがかなって異動が決まり、荷物を船便で出したのは、残暑が残る8月のことでした。



10月からの勤務に向けて、少し休暇を取ってからの渡英。

楽しみ、ワクワク、不安、そしてさみしさ…いろんな感情が入り混じっていたのを、今でも覚えています。



ヒースローに降り立つと、目に入る緑は美しかったものの、空気は少し肌寒く、

「やっと来た」という気持ちと「これからどうなるんだろう」という緊張感が交錯していました。



会社が用意してくれたホテルに滞在しながら、1週間以内に住む場所を決めなければいけない。



私は環境の良さと利便性を兼ね備えたZone2のCanada Waterに目をつけ、運良くテムズ川の目の前でCanary Wharfのビル群もリビングから望める、という好立地のマンションを見つけることができました。





社会人としての、ロンドンでの「第二の生活」がいよいよ始まったのです。




毎朝ダブルデッカーに乗って、ロンドンブリッジ近くのオフィスまで通勤。


その時間は新鮮で、楽しかった。


しばらくの間は…



アメリカ系の大手企業だったため、東京での勤務経験から業務内容や社風には慣れていたつもりでした。


でも、ロンドンオフィスには日本人がほとんどおらず、関わる業務も完全にグローバル。


最初は「慣れるのに時間がかかっているだけ」と思っていたものの、数ヶ月が経っても、



どうしても拭えない違和感がだんだん漂い始めました。


何かおかしい。

──会議での発言がスルーされる。

──ランチはいつもひとり。

──デスクを他の人に使われる。

──チームプロジェクトでも情報が自分にだけ伝わっていない感じ。

──ミーティングの連絡が来ていないことがある。



「あれ…これは、もしかして――」



そう、私は気づいてしまったのです。

差別されている。



それを自覚した瞬間から、じわじわと孤独感と疎外感が襲ってきました。



そして、それを裏付けるような出来事が2つ、立て続けに起こります。



まず、私はフォンブースという個室で仕事をする時間が増えていきました。


基本的に個室を使って、電話会議用に使用するスペース。



でも、電話会議のあともそこに居座り、お弁当(ごはん中心)を持ち込んで時々、ランチを食べるようになりました。



広いパントリーでひとりで食事をするのがなんとなく嫌で、

お弁当に目線を向けられるのもなんか嫌で。



でもある日、役職の高そうな人の秘書がノックして、こう言ったのです。



「ここ、フォンブースって時間制限があるの知ってます? ランチを食べるところじゃないですよ」



後から知ったのですが、私が何度かそこに滞在し、しかもお弁当まで食べていると、


周囲が陰で文句を言っていたそうです。



いつもがら空きなのに?


はぁ、、「やばい…どこでランチ食べようか...」




その頃から、私の食欲も落ちはじめました。



サンドイッチのランチも、外食も合わず、何を食べてもおいしくない。

心が少しずつ削れていくのを感じました。



そして、もう一つの出来事。



あるプロジェクトで、英国人マネージャーが「予算は問題ない」と言っていた案件が、



実は承認されておらず、それを私が伝えなかったことが原因だと、



彼がインド人マネージャーにありもないことを"報告”したのです。



目の前で、彼が私を見ながら「誰のせいだと思う?」と問いかける姿は、今でも忘れられません。


口頭だったので、彼が「大丈夫」と言った証拠は手元になく、


しかも彼とインド人マネージャーは長い付き合いの関係。



やられた…、と正直思いました。

私は新参者で、情報の共有も少なく、立場も圧倒的に弱かった。



それ以来、「仕事ができないアジア人」というイメージがつきはじめ、


誰もやりたがらない仕事や、日本関連の案件ばかりが回ってくるようになった。


花形のプロジェクトは、すべて現地の白人スタッフが独占する。



そういう構造があることを、肌で痛感したのです。



そして、その嘘をついた英国人マネージャーはまもなくさっさと、昇進。



私は会議で発言しても、まるで“透明人間”のような扱いを受けるようになりました。



なんだこれ?


してやられた…と、心の中で呟く日々。



大学院時代のアジア系の友人に相談したところ、彼らはこう言いました。



「知らなかった?

イギリス社会って、トップは白人イギリス人。次がEU圏の白人。

その次がイギリス生まれのアジア系(BBC=British Born Chinese)特に、中華系。

さらにその下がアメリカ生まれのアジア系中華系(ABC=American Born Chinese)


で、一番下が…外から来た有色人種のアフリカ人とアジア人。つまり、あなた」



……現実は厳しいものでした。



その頃には、心も体も疲れてきて、軽いうつのような状態になっていたと思います。




食欲もなく、何をしても楽しくない。眠りも浅く、ロンドンの曇り空と同じように、心も晴れませんでした。





そんな時、東京のもと職場、元上司から1本の連絡が入りました。



「人が足りない。プロジェクトが回らない。バイリンガルが必要。

出向・駐在でもいいから、東京に戻ってきてくれないか」



なんと、まあ、渡りに舟、救世主のようなオファーでした。



東京では経費も家賃も会社持ち。

私は数ヶ月後、ロンドンを離れ、東京港区の手厚い優良サービスアパートへと舞い戻ったのです。


この時のロンドンでの経験は、


私の中で、のちの人生に深く根を下ろす“教訓”として残っています。



職場での無言の排除、情報格差、静かな差別。



そして、時には逃げてもいい。自分を守る選択肢を持っていい。


では、今回はこのあたりで。


読んでくださったあなたの、何かの気づきや支えになれば嬉しいです。


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