京都妖怪探訪(256):建仁寺・禅居庵の摩利支天堂

※元記事は 2013/01/28 に投稿。
仏教の中でも密教系・禅宗系の宗派では、元は外来の神や、他宗教では魔神や鬼神などとされたような異形の神が、尊天や護法神などとして組み込まれている場合もたくさんあります。
今回は、そうした「元・異形の神」を祀る寺院のひとつを紹介します。
建仁寺は建仁2年(1202年)、栄西禅師を開山として建立された臨済宗建仁寺派の本山です。
禅宗寺院の敷地内に建てられた小院を「塔頭(たっちゅう)」と言いますが、そのひとつに「禅居庵」があります(シリーズ第113回で紹介した「興雲庵・陀枳尼尊天堂」もそうした塔頭のひとつです)。
その一部に、「摩利支天」という護法神を祀る「摩利支天堂」があります。
今回はその「摩利支天堂」を紹介します。
前回の「京都ゑびす神社」の向かい側に建っています。
これは、「十日ゑびす大祭」時の西門です。

門の両脇を守っているのは……狛犬ではなく、イノシシです。


さらに中に入りますと……やはり狛犬ならぬ、狛イノシシ?




八坂通りに面した南門からも出入りが出来ます。こちらの方が正門のようです。


南側から入っても……やはり、イノシシが。





境内にはいくつものイノシシが。
まるで、シリーズ第55回の護王神社みたいに、境内には多くのイノシシ像が。
「摩利支天はイノシシの背に乗っている」「摩利支天の眷属」とされるように、イノシシは摩利支天と関係の深い動物です。
何故、摩利支天とイノシシは深い関係にあるのか?
その関係や起源については、諸説あって今ひとつよくわからないようですが、摩利支天が仏教の尊点として日本に伝わってくる以前の、古代インドや西アジアの神話まで遡るのではないか、とも考えられています。


この摩利支天堂は、禅居庵という塔頭の一部です。
禅居庵とは、建仁寺第23世の大鑑禅師(1274-1339年)という高僧が晩年退隠したという塔頭寺院ですが、普段は非公開のようです。
摩利支天堂だけが、一般に開放されています。
金沢の宝泉寺(ほうせんじ)、上野アメ横の徳大寺と共にここは、「日本三大摩利支天」のひとつにあげられているそうです。
本尊・摩利支天は、三面六臂で七頭の猪に坐す姿で表現されています。
大鑑禅師が中国より勧請したとされていますが、その起源は、威光・陽炎(かげろう)を神格化した古代インドの女神マーリーチーにあるとされています。
さらには、古代インドの太陽神スーリヤや古代イランの神にまで遡るという説もあります。
いずれにせよ、かなり古い起源の外来神であることは間違いないようです。
摩利支天はまさに陽炎のように、捉えられず、焼けず、濡らせず、傷付かない。隠形の身で常に疾行し、自在の通力を有すとされる。これらの特性もあって、日本では武士の間に、摩利支天を武運・開運・勝利の神様として崇める信仰が広まったそうです。
厄除けなどのご利益もあるとされ、祇園・花街の人々からも信仰されているそうです。
特に、亥年生れの人々には守り本尊として信仰されているそうです。
私も本尊に参拝します。


このお堂の建物は、戦国時代の戦火で焼失したそうですが、天文16年(1547年)織田信長の父・信秀によって再建されたと伝えられています。


私も祈りを捧げました。
「理不尽に負けませんように」と。

それでは、今回はここまで。
ですが、最後にあとひとつだけ。
あまり見るようなものではありませんが、次のような珍しいことが書かれた絵馬がありましたので、ここで紹介しておきます(笑)。



それでは、また次回。
*建仁寺・禅居庵(摩利支天堂)へのアクセス・周辺地図はこちら。
*建仁寺のHP
http://www.kenninji.jp/
*京都妖怪探訪まとめページ
https://kyotoyokai.jp/
