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【第22話】三度目の正直か、それとも...|5等立地・古民家カフェ開業記⁠

30年過ごした東京を離れ、静岡県三島市へ。
50代の双子による、路地裏の築100年の古民家再生。
お酒やモクテル(ノンアル)も楽しめる「大人の古民家カフェ」開業への挑戦です。

ほぼ飲食未経験の双子の兄が、これまでの歩みとこれからのリアルな舞台裏を綴る、「5等立地」からの再出発の記録です。

三たびの三島、三たびの挑戦


風呂上がりのストレッチ中に見つけた、あの「新着」物件。

画面に並ぶ理想的なスペックを胸に、私はすぐに弟へ報告に走りました。

スマホを覗き込んだ弟も、一瞬「いや、これいいじゃん」と声を弾ませました。

しかし、次の瞬間には、二人で示し合わせたかのように表情を引き締めました。

「……もうさ、ホント何が隠されているか分からないから。とにかく実際に見て確かめた方がいいって」

期待を膨らませすぎないよう、互いにブレーキをかけ、努めて冷静さを保とうとしていました。

翌朝、一番に不動産屋へ内見のアポを入れた私たちは、もはや見慣れた景色となった東海道新幹線に、三たび乗り込みました。

三度目の三島。
二度あることは三度あるのか、それとも三度目の正直か……。

今度こそ、本当の運命が私たちを待っているのだろうか。

そんな祈りにも似た思いを乗せて、列車は熱海を越え、トンネルの先の街へと向かいました。

源兵衛川の別の顔と、完璧すぎるスペック


期待と不安が入り混じる中、三島駅のホームに降り立った私たちは、すぐに不動産屋へ連絡を入れました。

今回の物件は、三島駅から伊豆箱根鉄道(通称・いずっぱこ)に乗り換え、一駅目の「三島広小路駅」から徒歩三分弱という抜群の好立地。

不動産屋さんは「駅までお迎えに上がりますよ」と親切に言ってくれましたが、私たちはあえて断り、源兵衛川を散策しながら、自分たちの足で物件へ向かうことにしました。

季節は真冬。
残念なほど水量は少なく、夏に見たあの感動的な姿はありませんでした。

私は、そんな源兵衛川の別の顔を眺めながら、頭の中でこれから向かう物件のスペックを繰り返していました。

• 最寄り駅から徒歩三分
• 築約五十年(二階一戸建て)
• バス・トイレ別、追い炊き機能付き
• 一階・二階の両方にトイレとキッチン
• 屋根付き駐車場、屋根裏、ベランダ

部屋数も多く、数値上の条件だけを見れば、嘘のような理想の物件です。

特に上下階に水回りがあることは、共同生活において、互いのプライバシーを尊重できる大きな魅力でした。

私たちは待ち合わせの十分ほど前に現地に到着し、その建物の前に立ちました。

「……外見は、まあアリでしょ」

それが、私たちの第一声でした。

古さは感じさせるものの、醸し出される雰囲気は悪くない。
あの川の轟音も、空気感もそこにはありませんでした。

期待に胸を膨らませながら、私たちは不動産屋さんの到着を待ちました。

期待の扉を開けた先の、奇妙な生活感


約束の五分前、不動産屋さんが到着しました。

簡単な挨拶を済ませ、ついに玄関の鍵が開けられます。
私たちは期待を込めて一歩を踏み出しました。

「……ん?」

真っ先に目に飛び込んできたのは、なぜか数本の消火器でした。

不思議に思って尋ねると、以前住んでいた大家さんの私物で、まだ処分が済んでいないとのこと。

出鼻をくじかれたような奇妙な感覚を覚えながら、一階の和室へ向かいました。

そこには、年季の入った色褪せた畳が広がっていました。

「結構……古いな」

私は心の温度が、わずかに下がっていくのを感じました。

続いて洋室へ足を踏み入れると、そこにはまたしても不思議な光景がありました。

二台の子供用自転車が、まるで今も誰かが使っているかのように置かれていたのです。

「これは……?」

「あ、以前お子さんが乗っていたもので、まだ片付けが終わっていなくて」

他にも家の中には、前の住人の生活の欠片がいくつか転がっていました。

聞けば、まずは物件情報を出してみて、市場の反応を見てみようという段階なのだそうです。

なるほど、玄関を入った瞬間から感じていた「何とも言えない微妙な生活感」の正体はこれでした。

極め付けは、一階のキッチンでした。

汚れて錆びついたガスコンロ。
めくり上がった床。
ホコリの溜まった棚や火災警報器。
いかにも古く、シミの付いた壁――。

「古い……」

その光景を見た瞬間、私の期待感は音を立てて崩れ落ちました。
がっかりしたと同時に、あれほど高まっていた気持ちが、みるみるうちに萎えていくのが分かりました。

私はため息をつき、隣の弟に尋ねました。

「どうする? やめとく?」

さすがに弟も同じ気持ちだろう、そう思ったからです。

「全然ありでしょ」と、築百年の記憶


しかし、弟から返ってきた答えは、私の予想を鮮やかに裏切る意外なものでした。

「え? どこが? 全然ありでしょ」

弟は逆に目を輝かせ、完全に借りる気満々の様子です。

「こんなの、残ってる物が全部なくなって、ルームクリーニングしてもらって、あとは自分たちで掃除すればどうにでもなるし、住んでれば慣れるって」

確かに、弟の言うことにも一理ありました。

今はまだ前の住人の気配が色濃く残り、クリーニングも手付かずの状態です。

それらがすべてリセットされれば、今よりはいくらか「マシ」な光景になるはずです。

それに、古い台所に関して言えば、私たちにはもっと過酷な「前例」がありました。

かつて私たちは、この家よりもさらに倍古い、築百年ほどの「旧待合茶屋」に住んでいたことがあるのです。(この古民家での暮らしについては、またいつか別の機会にお話しできればと思います)

あの時の、時が止まったような台所に比べれば、目の前のキッチンはまだ現代的と言えるのかもしれません。

現に、私は今まさに、あの時よりもずいぶんとマシになったこの家のキッチンで、当時の記憶を掘り起こしながらこの物語を書いているのですから。

けれど、当時の私の心は、そう簡単に割り切れるものではありませんでした。

弟の放つ妙な説得力と勢いに気圧(けお)されつつも、私は納得しきれないまま、不承不承ながらに言葉を返しました。

「……まあ、そうかもしれないけどさ。本当に、そこまで綺麗になるかね」

私の声には、まだ諦めきれない「疑い」が混じっていました。

弟の交渉と、解けていく心


続いて足を踏み入れた二階は、一階の重苦しい雰囲気とは打って変わり、光が差し込む明るい空間でした。

とはいえ、私が多くの時間を過ごすことになるであろう和室の畳は、やはり隠しきれない古さが否めません。

リビングや洋室、屋根裏、トイレなどはそれなりに清潔で概ね満足できるものでしたが、どうしても一階のあの「キッチンの光景」が、頭から離れませんでした。

しかし、私の横で、弟は真剣に担当者と対峙していました。

実はこの時、彼の中には明確な戦略があったようです。
「ダメ元でも、こちらの希望をすべてぶつけてみる」というもの。

「キッチンの床は、新しいクッションフロアに変えられないか」
「壁のシミは、特殊な洗浄で消してほしい」
「キッチンの隣の洋室のクロスを交換してほしい」
「シンクは徹底的に磨き上げ、網戸もない箇所は新調するか、破れた所は直してもらいたい」
「建物の周囲の雑草は全て抜いてもらいたい」

内見をしながら、弟は淀みなく、かつ真剣に要望を突きつけていきました。

浴室のカビ除去、洗面台の修繕、めくれた襖の張り替え……。
そのリストは多岐にわたりました。

結果として、これらの要望は良心的な大家さんのご好意によって、そのほとんどが叶えられることになるのですが、当時の私には知る由もありません。

ただ、目の前で必死に交渉する弟を見ているうちに、私の頑だった心も、少しずつ解けていくのを感じました。

(……ここでいいのかもしれないな)

そんな思いが、ふと頭をよぎった、その時です。

弟は最後に一番重い一言を、けれど極めて丁寧に担当者へ託しました。

「――最後にもう一つ。家賃の件についても、大家さんに相談してもらえないでしょうか」


今回はここまでとなります。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
では、また次の物語でお会いしましょう。


次回予告:第23話「『帰る場所』から、『訪れる場所』へ」

内見を終えた私たちは、担当者に「借ります」と伝え、三島の街を後にしました。
後日、データで交わされる入居申込書。
一歩ずつ、確実に進む手続きのたびに、三島への移住が「現実」へと姿を変えていきます。

次回、ついに辿り着いた「契約」の瞬間。
三島に家が決まった帰り道、新幹線の車窓から見えた「東京の景色」が私に教えてくれたことについてお話しします。

物語はいよいよ、一つの大きな節目を迎えます。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
築百年の大人の古民家カフェを開業するまでのリアルな過程をお届けしています。
もし「面白かった」「今後の展開が気になる」と思っていただけたら、ぜひスキやフォローをしていただけると嬉しいです。

次のお話【第23話】はこちら👇

第1話から一気読みする(マガジン)はこちらからご覧ください👇

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