花と神様/歳を重ねて、憧れるのは"桜"よりも"橘"のような人
私は昔から、
人を花や木などに例えるのが好きでした。
華やかで、
その場にいるだけで人の目を惹く
薔薇のような人。
凛としていて、上品。
清らかさの中に強さが滲み出る
百合のような人。
派手ではないのに、信頼される。
言葉より態度で愛を示す
桔梗のような人。
人にはそれぞれ、
どこか花や木、果実などと
似たような空気がある気がしています。
そして私は昔、
桜のような人になりたいと思っていました。
柔らかくて、
愛されて、
多くの人の心に
忘れられない余韻を残すような人。
きっと私は、
綺麗に咲きたかったのだと思います。
人に愛されるように。
ちゃんと、
私を見つけてもらえるように。
でも、
年齢を重ねる中で、
少しずつ
憧れるものが変わっていきました。
今の私は、
綺麗に咲いた瞬間が心に残る、
というより
どう残るか。
何を積み重ねるか。
そういったことに
惹かれるようになりました。
そして今、
私が心惹かれているのが
橘です。


日本神話には、
常世の国から持ち帰られた
「非時香菓(ときじくのかくのこのみ)」
という実が登場します。
時を選ばず香る実。
それが橘だと伝えられています。
季節が変わっても、
時が流れても、
そこにあるもの。
私は橘に、
「時を越えて残るもの」
を感じているのです。
若い頃の私は、
桜の女神である
木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)のような美しさに憧れていました。
花が咲くような瑞々しい生命力。
人の心を惹く華やかさ。
美しく咲くこと。
もちろん、それだけではなく、
神話ではあらぬ疑いをかけられて、
身の潔白をはらすために命をかける
激しい強さも、
十分に私を魅了してくれました。
でも歳を重ねるごとに、だんだんと
私が惹かれていったのは、
橘の名を持つ
弟橘媛(オトタチバナヒメ)という巫女姫です。
弟橘媛は、日本武尊(ヤマトタケル)の妻の1人。
海神の怒りを鎮める為に
荒れる海に身を投じるという運命を
自分の意思で選びました。
私は彼女を、
ただ誰かのために
自分を犠牲にした女性
だとは思っていません。
彼女は、
自分の尊厳を守る為に
自らその運命を選んだのだと思っています。
最愛の人に誰よりも愛されながらも
正妃ではなく
複数の妃のうちの1人。
身分もそれほど高かったわけじゃなかったかもしれない。
でも、彼女は自分には海神の怒りを鎮める力があることを知っていた。
だからこそ、
巫女姫である自分にしかできないことで、
日本武尊の東征を助ける
という
選択をしたのではないかと思うのです。
結果、
彼女の存在は、
他のどの妃よりも深く
日本武尊の心に
刻まれることになったのではないかと思います。
それは私なりの解釈ではありますが、
そういう弟橘媛に
私は惹かれ続けているのです。
昔の私は、
桜のように咲きたかった。
美しく咲いて、
愛されて、
なるべく多くの人の心に残りたかった。
でも、今は…
目立たなくてもいい。
たくさんの人に
覚えてもらわなくてもいい。
たった1人でもいい。
その誰かが、ずっと後になってから
ふっと、思い出してくれるような…
人生のどこかで
「そういえばあの人、
あんなこと言ってたなぁ」
と、ちょっとだけ笑顔になってくれるなら。
それはとても嬉しいことです。
桜のように咲くことに憧れて、
橘に辿り着いた。
綺麗に咲くことより、
時が流れても、
どこかに
ほのかに香りが残るような…
そんな人であれたらと
今の私は、思っています。
あなたは、
どんな花を咲かせたいですか?
konane
