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AIは「自分が忘れた自分」を思い出させてくれる


人間とは、実に不思議な存在です。
自分が言ったこと、話したこと、誰かにアドバイスしたことを、意外なほど簡単に忘れます。
一方で、言われた側は驚くほど鮮明に覚えていることがあります。
「近藤さん、あの時こう言っていましたよね」
そう言われても、私自身は、
「そんなことを言ったかな」と思うことが正直あります。
しかし、相手にとっては、その一言がとても大きな意味を持っていたのです。
人は、すべての言葉を同じように記憶するわけではありません。
その時の自分の気持ちや状況に、言葉がうまく重なったとき、その言葉は心の中に残ります。
いわゆる「刺さる」という状態です。

私自身にも、そうした記憶がたくさんあります。
子どもの頃に母親から言われたこと。
父親から言われたこと。
兄弟から言われたこと。
社会人になってから上司に言われたこと。
何十年も経っているのに、今でも鮮明に覚えている言葉があります。
そして、その言葉が、今の私の生き方や仕事の仕方の礎になっていることもあります
これは、まさにエピソード記憶であり、長期記憶の一部なのだと思います。
一方で、人間は聞いたことのすべてを覚えられるわけではありません。
講演を1時間聞いても、その内容をすべて正確に理解し、記憶することはできません。
理解することもあれば、誤解することもある。
そして多くは忘れていきます。
私は人の話を聞く時も、自分が人前で話す時も、このことを強く意識しています。

人間のコミュニケーションとは、そもそも非常に曖昧なものなのです。
言った側と、聞いた側。
覚えている側と、忘れている側。
伝えたつもりと、伝わった内容。
そこには必ずズレがあります。
このことを考えていると、私は時々「ジョハリの窓」を思い出します。
自分は知らないが、他人は知っている自分。
自分が話したことを自分は忘れているのに、相手は覚えている。
これもある意味では、自分では気づいていない「自分」の一部です。
逆もあります。
自分ではとても大切なことを話したつもりなのに、相手にはまったく残っていない。
自分は知っている。
しかし相手には伝わっていない。
人間関係とは、こうした無数のズレの上に成り立っています。

そして、もう一つ、人間には大きな特徴があります。
記憶していることと、その場で思い出せることは別なのです。
頭の中のどこかには残っている。
しかし、必要な瞬間には出てこない。
これは日常的によくあります。
一対一で人と会う時もそうです。
講演やスピーチをする時もそうです。
私はできるだけ相手に合った話をしたいと思っています。
今日会う人はどういう人なのか。
どんな経験を持っているのか。
今、何に関心を持っているのか。
それを考えながら、
「今日はこの話をしよう」
「この経験を伝えよう」
と準備します。

一対一であれば、頭の中でシミュレーションすることもあります。
簡単なメモを作ることもあります。
講演やスピーチであれば、さらに念入りに準備します。
その準備の過程で、不思議なことが起きます。
昔の経験を思い出します。
以前考えていたことがよみがえります。
「あの時、こんなことを考えていたな」
と、自分自身でも忘れていた自分に再会するのです。
さらに、その過程で新しいアイデアが生まれることもあります。
過去の自分と現在の自分がつながり、新しい考えが生まれる。
私は長年、そんなふうにして生きてきました。

では、ここにAIが加わるとどうなるのでしょうか。
私は、ここに非常に面白い可能性があると思っています。
自分が書いた文章。過去の講演。会議で話したこと。
誰かにしたアドバイス。
ブログ。書籍。メモ。音声。写真。
さまざまな記録をAIが整理し、必要な時に引き出してくれる。
そうすれば、
自分自身が忘れてしまった自分を、AIが思い出させてくれる
ということが起きます。

これは単なる検索ではありません。
「あの資料はどこだったかな」という話だけではないのです。
「10年前の私は、このテーマについて何を考えていたのか」
「以前、似た状況の人にどんなアドバイスをしていたのか」
「これまでの自分の発言の中で、今回の相手に一番合うものは何か」
そんなことをAIと一緒に探すことができます。

これは、ある意味では「自分との再会」です。
人間の記憶は曖昧です。
だからこそ、これまでも日記を書き、写真を撮り、本を書き、記録を残してきました。
AI時代には、それらの記録が単なる保存物ではなくなります。
必要な時に、自分自身に返してくれる知的資産になります。
そして私は、そのことによって人間がもっと豊かに生きられるようになるのではないかと期待しています。
AIは、新しい知識を教えてくれるだけの存在ではありません。
未来を予測するだけの存在でもありません。
自分が歩んできた人生を、自分自身に返してくれる存在にもなり得るのです。
自分が忘れてしまった言葉。
自分が忘れてしまった経験。
自分が忘れてしまった考え。
それらを必要な時に思い出し、今の自分と結びつける。
そして、そこからまた新しい人生をつくっていく。
AIによって、人間は「記憶を補う」だけではなく、
自分自身をもっと深く知ることができる時代に入る。
私は、そこにAIと人間のとても面白い関係が生まれてくると思っています。