$200で売って、$5,000が燃えるAI業界
3月から4月にかけて、Claudeが忘れっぽくなった。前のターンで言ったことを忘れる。同じ説明を繰り返す。回答が短く、深さが足りない。仕事を任せると途中で投げ出す。
使い手の体感が、一気に1ランク落ちた感覚があった。
そして4月23日、Anthropicは公式に認めた。3つの設定変更がClaudeをおバカにしていたと。
■ 何が起きたのか
公式の事故報告に書かれた3つの変更がこれだ。
1つめ、3月4日にデフォルトの推論努力レベルを「high」から「medium」に下げた。理由は「レイテンシ削減」。だが公式ドキュメントには「medium設定は省コスト用途に推奨」と書かれている。レイテンシ削減とコスト削減は同じコインの裏表だ。
2つめ、3月26日にセッション履歴の自動削除を入れた。1時間アイドルしたセッションを再開する時、古い思考を捨てる仕組みだ。公式postmortemによれば、目的は「ユーザーのセッション再開コストを下げる」こと。だが設計では再開時1回だけ動くはずが、実装上の欠陥で、セッション中の毎ターンこの削除が走り続けた。Claudeは直前に話した内容まで忘れ、同じ答えを繰り返すようになった。
3つめ、4月16日にシステム指示に「冗長性削減」を追加。ツールコールのテキストを25語、最終回答を100語までに制限した。Sonnet 4.6・Opus 4.6・Opus 4.7のコード品質が3%落ちた。出力トークンは入力トークンの5倍高い。出力を短くすることはコストを直接削ることだ。
3つの施策は4月20日までに全て撤回された。だが、撤回した経済的背景は変わっていない。
■ なぜAnthropicがそこまでするのか
米テックメディアThe Informationの報道によれば、$200(約3.1万円)のMaxプラン1人あたり、月$1,000から$5,000(約15.5万円から77.5万円)のcompute消費がある。1人あたり毎月$800から$4,800の赤字。$200で売って$5,000の電気代と計算リソースが燃えている。事業として成立しない。
なぜそうなったか。Anthropicの売上は2025年末の$9B(約1.4兆円)から2026年4月初めに$30B超(約4.7兆円超)まで3倍以上になった。需要は爆発したが、データセンターのGPUは間に合わない。CEOのDario Amodeiは公式に「我々はcompute-constrained(計算リソース不足)だ」と認めている。半月で7回の障害、3時間のグローバル停止が起きた。
救済策は$45B(約7兆円)超の投資だ。4月24日にGoogleが$40B(約6.2兆円)のTPU契約。Amazonと5GW分・$100B(約15.5兆円)の計算リソース確保。自社チップ開発も視野。だが新しいデータセンターが稼働するのは2026年末から2027年だ。それまでの12〜24ヶ月、Anthropicは限られた手で利益を取りに行く。
その手の一つが、ユーザーが気付かない範囲でAIをバカにすることだ。
■ AIサブスクの値上げ手法は4つある
これは値上げの話だ。表面の月額は変わっていないが、受け取るアウトプットが薄くなったら、それは実質値上げに他ならない。
AIサブスクの値上げ手法を整理すると、4つになる。
1つめが、Free枠の削減。Googleは2025年12月から2026年3月にかけて、AntigravityというAIコーディングツールのFree枠を1日250回から20回に減らした。92%の削減だ。「無料」の看板を残したまま、中身を絞る。
2つめが、トークン・クレジット制度への移行。月額固定だった料金を、使った分のトークン消費に応じて減らしていく仕組みに切り替える。Antigravityは$25(約3,900円)で2,500クレジットを買い増しできる仕組みを3月に導入した。OpenAIも4月2日にChatGPTのCodex料金体系をBusinessと新規Enterpriseでトークン単位に切り替えた。PlusとProは「数週間以内に移行する」と公式が予告している。
3つめが、上位プランの新設。$100(約1.5万円)、$200、$249.99(約3.9万円)と、ヘビーユーザーから取れる単価を上げる。OpenAIは4月9日にPro $100/月の中間プランを新設。AnthropicはMax $100/$200を投入。Google AI Ultraは$249.99/月だ。
そして4つめが、AIをバカにすることだ。料金は変えずに性能を下げる。Anthropicの3つの設定変更がこれに当たる。一番見えにくく、ユーザーの当事者意識を一番引きにくい値上げだ。
■ 3社の差
3社それぞれの動きを当てはめると、こうなる。
Googleは1つめから3つめまでやった。AntigravityのFree枠92%削減・AIクレジット制度・Ultra $249.99の上位プラン。
OpenAIは2つめと3つめに手をかけている。Codexのトークン課金移行とPro $100の中間プラン新設だ。ChatGPT Plusは3年間ずっと$20/月のまま据え置きで、表面値上げはまだ来ていない。ただし4つめの派生として、機能まるごと削除をやった。OpenAIは2026年3月24日にSora 2のサービス終了を発表し、4月26日に一般向けアプリを完全に閉じた。Plus契約者もPro契約者も、月額表示は変わらないまま動画生成機能を1つ失った。
Anthropicは3つめと4つめだ。Max $100/$200を新設した。Pro $20からのClaude Code除外は4月21日に試みて24時間で撤回した。そして本体性能の劣化が、3月から4月の春に静かに進行した。
3社のうち、4つめの手にもっとも踏み込んだのはAnthropicだ。だが、これも経済的にやらざるを得なかった一手だ。今後OpenAIもGoogleも同じ局面に立つ。$200で$5,000(約77.5万円)の赤字を出し続ける構造はどこも同じだ。
■ あなたの月$20が変わる
いまChatGPT PlusかClaude Proに月$20(約3,100円)を払っている人を考える。
半年後も、月額表示は$20のままだ。だが受け取るアウトプットは違う。Codexの上限は削られる。長文コンテキストは上位プランに切り出される。応答は短くなる。推論深度は下がる。同じ$20で、AIが少しずつ馬鹿になっていく。
これは脅しではない。OpenAIのCodexトークン課金は「数週間以内にPlus/Proに展開」と公式が予告している。Anthropicは撤回した3つの設定を、ユーザーが気付かない範囲で別の形で再投入する確率が高い。Googleは既にAntigravityのFree枠を92%削った。
OpenAIは2026年に$2.5B(約3,900億円)、2030年に$100B(約15.5兆円)の広告売上を掲げた。広告で届かない分はサブスクの単価で取る。サブスクで届かない分は、性能を絞って取る。
■ 投資視点で1段引いて見る
これは生活コストの話だが、投資視点で1段引いて見ると別の意味も持つ。
AIサブスクの値上げ局面入りと性能劣化局面入りは、AI企業が収益化フェーズに入った証拠だ。MicrosoftのCopilotは個人向けPro $20、法人向け$30/seatの2階建てで、3社の値上げ波の中で価格透明性が相対的に光る局面が来る。
CursorやReplitのようなコーディング支援AI単機能の独立サービスは、3社の値上げ波で漁夫の利を得る可能性がある。逆に、Googleが既存の検索広告ビジネスとAI課金の共食いをどう処理するかは、GOOGLの評価軸を変える論点になる。Anthropicは未上場だが、$30B売上で月$5,000赤字を量産する構造のままIPOに向かえるかは別の論点だ。
■ 月額表示は変わっていない
AIがバカになる時、月額表示は変わっていない。
毎月、自分のAIサブスクで返ってくる回答の長さと深さを、先月の自分の体感と比べる。それだけでAIの今がわかる。
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