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「受容したい」という抵抗を超えて 〜トール・ホーキンズ・ユングが示す統合への道〜

「受容したい」という抵抗を超えて 〜トール・ホーキンズ・ユングが示す統合への道〜

最近、とても大きな気づきがあった。

それは、

「受容したい」という気持ちそのものが、最後の抵抗だったのではないか。

ということだ。

私たちは日常の中で、つい「良い状態」を求める。

不安はなくしたい。
怒りは消したい。
悲しみは終わらせたい。

そして、

もっと穏やかになりたい。
もっと自由になりたい。
もっと受容できる自分になりたい。

と願う。

しかし、エックハルト・トール、デヴィッド・ホーキンズ、そしてカール・ユングの思想を重ね合わせてみると、そこに共通する一つの真理が見えてくる。

それは、

苦しみを生み出しているのは感情ではなく、感情への抵抗である

ということだ。

思考が作る二分性

トールは「過去と未来は思考の産物である」と語る。

私たちは過去を後悔し、未来を心配する。

しかし実際には、そのどちらも「今この瞬間」に頭の中で再生されている思考に過ぎない。

思考は常に世界を分割する。

成功と失敗。
勝者と敗者。
善と悪。
愛と憎しみ。

しかし人生は常に流れ続けている。

成功は失敗へ変わり、
失敗は成功へ変わる。

愛は憎しみに変わり、
憎しみは理解へ変わる。

万物は流転する。

それにも関わらず、思考は一時的な状態を固定し、

「これが私だ」

という物語を作り出す。

トールはそれを「マインドの幻想」と呼んだ。

ホーキンズの受容

ホーキンズはさらに踏み込む。

怒りが苦しいのではない。

恐れが苦しいのではない。

悲しみが苦しいのではない。

苦しみを生み出しているのは、

「こんな感情を感じてはいけない」

という抵抗である。

だから受容とは、

感情を消すことではない。

感情を肯定することでもない。

ただ、

「今、怒りがある」

「今、恐れがある」

「今、悲しみがある」

と認めることである。

抵抗をやめた瞬間、感情は流れ始める。

まるで堰き止められていた川が、本来の流れを取り戻すように。

ユングの統合

ユングはこれを「影との統合」と表現した。

人は自分の嫌な部分を見たくない。

怒り。
嫉妬。
恐れ。
執着。

それらを排除しようとする。

しかし、影を排除した人間は全体にはなれない。

本当の成長とは、

光だけになることではない。

闇もまた自分の一部として認めることである。

これがユングのいう個性化の道であり、全体性への回帰である。

陰陽統合とは何か

私たちはしばしば、

陰を消して陽になろうとする。

しかしそれは統合ではない。

陰陽統合とは、

陰を否定しないこと。

恐れがあってもいい。

怒りがあってもいい。

不安があってもいい。

無力感があってもいい。

そう認めたとき、

陽も陰も同じ生命の流れの一部であることが見えてくる。

すると戦いが終わる。

今ここへ帰る

トールは言う。

「あなたは思考ではない」

思考を見ている存在がいる。

感情を感じている存在がいる。

その静かな意識こそ、本来の自己である。

ユングならSelf。

ホーキンズなら受容の意識。

仏教なら仏性。

名前は違うが、指している場所は近い。

そしてそこに至る道は意外にシンプルだ。

嫌な感情を追い出そうとしない。

良い状態を作ろうとしない。

ただ、

「この感情もあっていい」

と認める。

その瞬間、過去も未来も静まり、

私たちは再び「今ここ」に戻る。

もしかすると受容とは、

何かを得ることではなく、

ずっと続けていた抵抗をやめることなのかもしれない。

そして、このことが深く腑に落ちた瞬間、不思議な体感が起きた。

長年、自我(エゴ)を守るために緊張していた首から肩、そして背中にかけての筋肉が、まるで役目を終えたかのように急速に緩み始めたのだ。

抵抗によって固められていたものが、受容によって解放される。

頭で理解するだけではなく、身体そのものが「もう戦わなくていい」と教えてくれたような感覚だった。

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