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「私って正しく生きられてるのかな」――『踊る吠え声』を読んで考えたこと

裁判を経験したことがある。
弁護士もつけずに。
というより、弁護士を依頼する費用がなかった。

父が数百万円をだまし取られた。
その相手がお金がなくて自己破産したのに、外国人の奥さんと豪遊している証拠が見つかったため、裁判を起こした。
行政書士の資格を持つ夫と、無料相談の弁護士の力を借りながら、寝る時間も削って資料を作った。
相手は自己破産しているから難しいと言われた。
それでも私たちは諦めなかった。
法廷では、相手方の弁護士の主張にも負けなかった。
けれど、戻ってきたお金はほんのわずか。
苦い気持ちだけが残った。
父のおかげで、知らなくてもいいことをたくさん知った。
普通に暮らしていたら、法律の本を読む人生ではなかったと思う。
でも、人はいつ、自分が法律を必要とする立場になるか分からない。
そんなことを思い出したのは、
大好きな作家・みなとせ はるさんの踊る吠え声を読んだからだ。

読み終えた瞬間、面白い! っと思わず声に出してしまった。
最後まで一気に読ませる面白さがありながら、読み終えたあとには、心の奥にずっしりと余韻が残る作品だった。

主人公の千砂は、ごく普通の善良な女性だ。
義母の家の二軒隣に、家を借りられたことを恩に感じている。
週に三度も義母の家へ通って、汚れた部屋を片付けようとしている。
夫のコウスケは口では何かと言うものの、積極的には動かない。
さらに、隣家で保護犬を多頭飼育しているため、鳴き声にも悩まされる。
どこまで踏み込んでいいのかといった、義母との距離感。
そして夫の「母さんを病人にしようとするな。千砂は考えすぎだ」という言葉。
あまりにも現実味があって、本当に隣の家をのぞいているような気持ちになった。

犬の鳴き声についても区役所や警察へ相談するが、解決には至らない。
そこで千砂は、動物愛護管理法第25条という法律を見つけ、自分なりに道を探そうとする。
その姿を見ながら、私は自分の裁判のことを思い出していた。
法律は、人を守るためにある。
けれど、現実では「法律があること」と「救われること」は、必ずしも同じではない。
だからこそ、トラブルに巻き込まれた人ほど疲れ切ってしまうのだと思う。
作中で千砂が言う。

「ねえ、ミリ。私って正しく生きられてるのかな」

「踊る吠え声」より引用

この一言が胸に刺さった。
誰だって、自分は正しくありたいと思う。
でも「正しさ」は一つではない。
ストレスを抱え続けると、人は自分を客観的に見られなくなる。
そして、そういう人ほど真面目で、損をしやすい。
そんな千砂に対するミリの言葉は、私の心にも深く残った。

「さっきまでの会話で何を聞いてたのよ! その『偉い』って、正しいとか完璧って意味で言ってるんでしょ。あのね、外からうまくやっているように見えても、実際は毎日ギリギリ、毎日子供の病気とか怪我とか何が起こるか分からずにハラハラしてる。そんな状況で、歳だけ大人だからって完璧な人間でいられるはずがないんだよ。子どもが可愛いって話してるけど、鬼みたいに怒る日もある。仕事も家のこともどうにもならなくて、自己嫌悪に陥る日もある。それでも、自分で選んだ道を進むしかないから、正しい生き方かどうかなんて振り返ってらんないんだよ。私はね、ほんの僅かな時間でもユイコをぎゅっとして、抱きしめられたらそれで正解って思ってる。泣いたって、笑ったって、どっちでも正解だって思ってるよ」

「踊る吠え声」より引用

完璧じゃなくていい。
正しい生き方なんて、誰にも決められない。
自分で選んだ道を、その日その日、懸命に歩いていくしかない。
そんな当たり前だけれど忘れがちなことを、思い出させてくれた。

そして、物語の終盤に待つもう一つの出来事。
それを知ったあと、私は何とも言えない気持ちになり、
もう一度最初から読み返してしまった。
読み返すと、最初に見えていた景色がまるで違って見える。
いろんなタイミングや精神状態で選択肢を誤ることがある。
どこにでもありそうな出来事。
だからこそ、自分がいつ当事者になってもおかしくない。
そんな静かな怖さが、この作品にはある。

この作品はぜひ予備知識なしで読んでほしい。
誰かとの距離に悩んだことがある人。
「自分は間違っていないはずなのに」と苦しくなったことがある人。
そして、理不尽さに声を上げたいのに、どうすればいいのか分からなかった人。
きっと千砂の気持ちが、自分のことのように胸へ入り込んでくると思う。
読み終えたあと、あなたならどう「吠える」のか。
その答えを、静かに考えたくなる物語だった。

私も、この先「吠える」日が来るかもしれない。
理不尽なことに出会い、声を上げなければならない日が来るかもしれない。
でも、そのときは感情だけで吠えるのではなく、相手を傷つけるためでもなく、自分や大切な人を守るために吠えたい。


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