給料の大半が家賃に消えた東京の11年間。会社を辞めて、九州へ移住します
毎月の給料が出ると、その多くが都心の家賃に消えていく。
そのストレスを外食とモノで発散して、また来月の給料を待つ。
気づけば11年間、そのループの中にいました。
はじめまして、こたかです。
2026年に11年間勤めた会社を退職し、東京を離れて九州へ移住します。

東京で働いた11年
新卒で都内の企業に入社し、11年間勤めました。
最初の6年間は営業職として働き、
社内のデジタル推進PJにも関わりました。
その後は広報部門へ異動し、
SNS運営やマネジメントなども担当。
情報を発信する、自分でつくる仕事は
営業とはまったく違う面白さがあり、
試行錯誤しながら取り組んだ日々は
今でも財産だと感じています。
様々な職種を経験させてもらい、
本当に多くの学びと出会いをいただきました。
素直に「よかった」と思える11年間でした。
電卓を開いて、気づいたこと
11年間、たしかに充実していました。
でも、いつの間にかこんなサイクルの中にいました。
給料の大半が、都心の高い家賃に消える。
仕事のストレスが溜まり、外食で済ませがちになる。
体型が崩れると、ジムに通う。
そのお金のために、また働く。
「本当に、このままで良いのだろうか?」
そんな漠然とした感覚が、ずっと頭のどこかにありました。
あるとき、電卓を開いて計算したことがあります。
8時間 × 22日 × 12か月 × 38年。
定年まで会社員として働き続けたとして、
オフィスで過ごす時間の合計です。
その数字を見たとき、胸のあたりがざわりとしました。
もちろん、都会は便利で刺激的です。
でも、このループを断ち切り、
心穏やかな生活を送りたい。
そう強く思うようになりました。
初めて阿蘇に立った時
移住先として九州を選んだのには、理由があります。
20代中盤に初めて九州を訪れ、
阿蘇のカルデラを見渡せる丘の上に立ちました。
東京では感じたことのない、空の広さと静けさがありました。
「こんな場所が日本にあるのか」
それから、九州にしょっちゅう足を運ぶようになりました。
指宿の砂蒸し風呂、九十九島の夕暮れ、霧島の温泉。
行くたびに、東京の生活では少しずつ削ぎ落とされていた何かが、
戻ってくる感覚がありました。

豊かな食文化も、大きな魅力のひとつです。
土の匂いのする野菜、その季節にしかない旬のもの、
地元の人だけが知っているような小さな食堂。
「食への好奇心」をこれほど刺激される場所は、
他になかったと思っています。
そして何より、東京ではなかなか体験できなかった
人の温かさに、何度も触れてきました。
具体的な県名は、まだ伏せておきます。
移住の準備が整ったら、ご報告します。
九州でやりたいこと
九州では「シンプルな暮らし」と
「半分自給自足の生活」に挑戦する予定です。
東京にいる間は便利さと引き換えに
たくさんのお金を使っていました。
でも本当は、
自分で野菜を育てて、
旬のものを食べて、
日々の小さな積み重ねの中に豊かさを見つける。
そういう生き方がしたかったんだと思います。

いずれは庭付きの中古の戸建てを購入し、
自分好みにリノベーションしながら暮らす夢も抱いています。
「生きる」ことをもっと能動的に楽しみたいし、
自分の手で育てた空間に、深く根を張って生きていきたい。
このnoteで発信していくこと
退職・移住のリアルを、本音ベースで書いています。
移住記録(進行中) 移住先の探し方・下準備・退職当日・現地での暮らし。準備から移住後まで続けて書いていきます。
シンプルライフの実践記 断捨離とモノを減らすこと、旅、日常の工夫。東京で積み上げてきた実践の記録。
身体と東洋医学 20年付き合ってきたIBSのこと、薬膳でセルフケアが変わったこと。近日公開予定。
「地方移住に興味がある」「今の生活に、言葉にできない満たされなさがある」そんな方に届けば。
不安がゼロかといえば、嘘になります。
でも、ループを自分で断ち切って動き始めた今が、
11年間の中でいちばん「生きてるな」と感じています。
これから、よろしくお願いします。
こたか
